これが夢なら覚めないで

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「くそ…」 凛音とはほとんど話した事がなかったから、きっと凛音にとって俺はただのクラスメイトという存在でしかなかっただろう。 でも俺にとっては違った。 「あ、悪い」 二年に上がってそんなに経っていないくらいの頃、教室に入ろうとした時に凛音とぶつかった。 謝る俺に対して凛音はおどおどしながら視線で誰かを探していた。 「?」 「あ、いや、俺こそごめん…」 そう返しながら、まだなにかを探す凛音。 守ってくれる誰かを無意識に探しているような視線だった。 今だからわかる。 あれは鴻上を探していた。 どこか頼りない姿に、俺は『守ってやりたい』と本能的に思った。 そう思わせてしまうなにかを凛音は持っていた。 それから俺は凛音を目で追い、凛音がいつでも鴻上を視線で追っている事に気付いた。 秋の事。 文化祭の終わったあと、みんなが適当に片付ける中、ひとり真面目に片付けをする凛音がいた。 特になぜか女子達は凛音に任せきりでおしゃべりに熱中している。 しょうがねーやつ。 一緒に片付けをすると凛音はなぜか『ありがとう』とはにかんだ。 礼を言われる意味がわからない。 笑顔が可愛い事は、鴻上とふたりでいるところを見て知っていたけど、俺に初めて向けられたものは格別だった。 俺は更に凛音を目で追いかけるようになり、彼女をとっかえひっかえしてると有名な鴻上の元カノ達に、なんで振られたのかを聞いて回った。 「樋口くんの悪口ちょっと言っただけなんだけど…」 「ちょっと口が滑って樋口くんの事悪く言っちゃって…」 「樋口くんの事悪く言ったら…」 「樋口くんが…」 「樋口くんの…」 「樋口くんを…」 返ってきたのは全員同じ答えだった。 なるほど。 鴻上にとって彼女以上に大切な“幼馴染”。 そこには本当に“幼馴染”という感情しかないのか。 興味はあったけれど俺はここまで知れれば十分と思い、それ以上は踏み込まなかった。 踏み込むなら凛音に近付きたかったから。 「藤本、鴻上がまだ残ってたら職員室に来るように言ってくれないか」 「はい。わかりました」 鴻上か、面倒だな。 教室に戻ると鴻上が凛音とふたりきりでいた。 ―――絶好のチャンスがようやくやってきた。 ナイトのようにガードしている鴻上から凛音を離せる。 「鴻上なんかやめとけ」 逃がさない。 「言ってる意味が全然わかんないんだけど」 凛音の頬にキスをすると凛音は固まった。 そのまま唇を重ねる。 想像した以上に柔らかい唇に甘い吐息。 逃げようとする凛音を捕まえた。 「……」 唇に触れると昨日の温もりがまだ鮮明に思い出せる。 夢にまで見た柔らかな感覚は、これ以上ないくらい俺の心臓を高鳴らせた。 「くそ…」 二度目の呟き。 …急ぎ過ぎた。 でもどうやっても今回の結末は変えられなかった。 わかってる。 でも悪あがきしたくて抱き締めて名前で呼ばせた。 制服越しに触れた身体は線が細くて、少し強引にしたら壊れそうだった。 『……伊吹』 凛音の唇が俺の名前の形に動くのが見たかった。 ずっとそれを見つめ続けられたらと願ったけれど、それが叶わないなら、ただ一度だけでもいい…それを求めた。 思った以上に綺麗に響く俺の名前。 凛音は今、俺がこんな気持ちになっている事を知らずに鴻上を追いかけている。 近くの椅子を蹴飛ばしたら足が痛くて目に涙が浮かんだ。 これは足が痛いからで、決して切ないからとかではない。 椅子の位置を直して凛音の机を見ると通学バッグが置かれている。 「絶対諦めてなんかやらねー」 凛音の通学バッグを開けてペンケースから凛音がいつも使ってるシャーペンを見つけて取り出す。 代わりに俺がいつも使っているシャーペンをペンケースに入れて、ペンケースもバッグも閉めずにそのままにして机に戻す。 「…はぁ」 今回は振られたかもしれないけど、まだ諦めてない。 好きなんだからしょうがない。 END
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