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あなたが、
「推しと好きな人の違いって、なんなの?」
高校の時からよく来ていた駅前のカフェで、友達に問うたことがある。
「いきなり何、めんどくさいファンでもできちゃった?モテ期?」
「そういうわけじゃないけど。今ってみんないるじゃない、推しが」
「まあね。うーん、よく分かんないけど、どっちも好きってことには変わりなく、でも推しは他人に紹介できるような感じで、好きな人はそうじゃないっていうか、自分のものにしたいみたいな?そんなとこじゃないの」
「ふーん」
私は無意味にコーヒーを一口飲んで、カップを置く。やっぱりよく、わからないな。
あの人にとって私はなんだったんだろう。
あの人は私のなんだったんだろう。
じゃあ、今は?
「青山さんの声、きれいだよね。僕、好きだよ」
音楽の歌のテストのあと、あなたはいきなり、そう言ってきた。それまでは話したこともなかったのに。
「青山さんの歌、もっと聞きたいと思った」
そう言ってくれてうれしかった、すごく。
私は地声が高すぎて、周りの人に気持ち悪がられることが多かったし、人生において声で得したことなんてなかったから。
びっくりだった。自分ですら大っ嫌いだった私の声が、褒められちゃうなんて。
しかも、好きな人に。
それからよく話しかけてくれるようになって、一緒に帰ったりするようになって、毎日楽しかった。ほんとに。
もしかしたら、あなたも私のことが好きなんじゃないかって、思ってた。ずっと。
でも、私もあなたも、生ぬるい雑談しかできないまま卒業した。卒業式、何か話したっけ?たぶん、二人で写真撮ったくらいだと思う。
「ごめん私、このあと友達と約束あって」
「うん、俺も。また連絡するわ」
あんなこと言ったけど結局、お互いそれから一度も連絡しなかった。時の流れってこわい。
あなたと最後に一緒に帰った日、夕陽が眩しかったあの日、私がたった一言「好き」って言っていたら、今どうなってたかな。
たとえばもし、今、言ったとしたら、もう遅いよって、笑われるのかな……………
「……ちゃん。アオイちゃん、そろそろ時間。大丈夫?」
ぼやける目をこすって見えたのは昨日もおとといも見た見慣れた顔だった。
「あ……、どんくらい寝てました?」
「えーっと、五分くらい?たいして時間たってないわよ」
「そうですか、すいません、すぐ準備します」
もう着替えもメイクも終わっていた。待ち時間の間に寝たのか。相当疲れているらしい。
「アオイさーん、そろそろお願いします」
「はぁいわかりましたーっ」
遠くから聞こえる無機質な声に声を張り上げて答える。体が過去から現実に対応していく。
私は仮面を手に取った。瑠璃色の仮面だ。
「アオイちゃん襟おかしいわよちょっとまって!」
「わぁぁ、すみません…!みなさん今日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします!アオイさん、今日もファイトです!」
ステージへの扉が開く。スタッフの言葉に微笑んで、仮面をつける。一歩、前に出る。
―――ワアァァァァァッ………
拍手と、歓声と、叫びが私を包む。
視界の悪い仮面の中から目を凝らして、観客の塊を端から端まで見て………
―――いた。
一曲目のイントロが流れ出す。
仮面の中で深呼吸をする。
Aメロが近づいてくる。
マイクを構える。
声を、投げる―――
今の私は、高校時代の青山由希ではない。覆面歌手の音羽アオイだ。
そして、高校時代に私が好きだったあなたは今、音羽アオイのライブに来ている。
ライブだけではない。握手会にも、サイン会にも、ここではないもっと小さなライブハウスにも、あなたは来る。
「応援してます」
「いつもありがとうございます!」
こんなありきたりな言葉以外、音羽アオイはあなたと言葉を交わしたことがない。
あなたは、私が青山由希だと気づいている?
知っていて会いに来てるの?
それとも、そんなの関係なくただ、
「音羽アオイ」が好きなの?
私は、あの人のことをどうやって見てるの?
ただのファン?
高校時代に好きだった人?
今は、どうなの?
一心にペンライトを振ってこちらを見ているその目に、仮面の中から問いかけたところで何も答えてくれはしない。当たり前だ。
何がどうだろうとこの空間では、私が音羽アオイであるかぎり、あなたをただのファンとしてこの場に存在するしかない。
だから私も、歌うしかない。
会場には青いペンライトが無数に輝いている。みんな同じペンライトだ。全て、全て、私への。
私はあなたの、
いいえ、あなたたちの、推しですか?
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