ハンドメイド作家とただの客

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どこかでおみやげにもらったというその超極古トートを10年以上も使い続けているという。ファスナーを直し、破れた箇所を繕い、取っ手を付け替え、などぶきっちょらしいながらも大事に大事に使った跡がある……それでももう寿命なのは見て明らかだった。 「他にもいろいろ試してはみたけど……高級ブランドバッグとか。でも歳かなあ。最近革は重たく感じちゃって。それに既製品は少し小さいとかデザインや色が気に入らないとか。ポケットが足りないとか、逆に多すぎて何をどこに入れたか探す羽目になったりとか。帯に短し襷に長し、みたいな」 実香が書き取る要望メモはすでに2ページ目に入っていた。楓子もアナログ的だが、実香も同じ穴のムジナという感がある。 「定期や鍵がすぐに取り出せないとイライラするの。財布は盗難予防で奥へしまいたいけどやっぱりサッと取り出せる定位置に置きたいし――ほらよくいるでしょ、改札口やレジでごそごそやって後ろを渋滞させる人。あれが嫌なのよ」 せっかち。というか整頓好き? でもわかることは、バッグへの愛着の深さ。こだわり。 そう。実香のバッグ愛と同じ。ポケットのない洒落たバッグは、何かと多い最近の女子の荷物が入り切らなかったり、中で迷子になる。サブバッグやバッグインバッグという手もあるが、それを使わずにお洒落と使い勝手を両立したい。その思いがピタッと一致した。 作家として実香のめざすところ、ポリシーはそこだった。興奮しないわけがない。 ――バッグを大事に使う人間に、悪い奴はいない。 「――怒ってるの?」 「だから! 嬉しいんです!」 第1号のお客がこの人で、神様ありがとう、と目一杯心が踊っている。のに、顔と感情がうまく連動しない。 「同い年でしょ? もうちょっとくだけた友だちづきあいでいいじゃん」 「いえ、あなたはお金を出すお客様。私は商品を提供する売り主ですから」 ――友だち?
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