ハンドメイド作家とただの客

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友だちだなんて。 実香の無表情を読み取れる友だちはいるが、それはティーンのうちにできたもの。良くも悪くも遠慮という言葉を知らない年頃までに。 40過ぎで新しく「友だち」と呼べる相手はそう現れない。大人になれば、良くも悪くも常識というやつが他人の事情に無遠慮に踏み込ませないものだから。 人生の節目節目でそう感じてきた。 最近では、実香がバッグ作りに専念するため会社を辞めたとき。応援すると肩を押してくれた人たちも、すぐに年賀状すら来なくなった。 つまり、関わりがあっても殆どがただの「知り合い」に過ぎないのだ。 実香はメモを振り返りながらスケッチブックにラフな形を描き始めた。その鉛筆の動きを、楓子も心踊る様子で見ていた。実香と違って気持ちが直に顔に出るらしい。 「傘! 傘用外ポケット、大事よね! 晴雨兼用折り畳みを必ず持ち歩くんだけど。あたし、畳むのがヘタクソだから大きめのポケットで出し入れスムーズにしたいのよ。で、雨で濡れた後のことも気になる。電車なんかで手に持ちたくないけどポケットに戻すと濡れるでしょ」 「大きめにして落ちないようにマジックテープで閉じる。内側をマイクロファイバーで吸水する仕様にしてみましょうか?」 「濡れずに済むの? それでお願い!」 そうした相談を重ねたデザインを気に入ってくれた。 楓子の腕や身体ラインを採寸し、持ち手や大きさを決めた。そしてたくさんのこだわりのポケットをつける。 内ポケットは、磁石で自然と閉じる財布用。仕切りをつけてバッテリーや充電器、救急セットはそれぞれに巾着仕様。 外ポケットは、すぐ取り出したいけど絶対に落としたくないキーホルダー、定期入れそれぞれフックつき。スマホ用は磁力が気になるというので磁石はつけず少し浅めのポケットで上2センチを出す大きさに。それらはかぶせ布でごつさを見せない。他、消毒液や傘やペットボトルを色違いで並べる。 1月かけてその通りに出来上がった。楓子の持ってきた思い出の服や写真を刷り込んでパッチワークした外観の、使い勝手とお洒落の両立をめざした帆布バッグ。 引き取りに来た楓子が肩にあてるとピタッと体にフィット。その日はグリーンのパステルスーツだったが、白を基調としながらいくつもの色が細かく混ざっているので、合う。おそらくスーツでないカジュアルでも映える。 楓子は喜び勇んで古いバッグから全ての荷物を一つ一つ移していた。その時の輝くような顔を、実香は今も覚えている。 「使ってみて不具合があったら言ってくださいね。まずは1月後くらいに見せてもらえます? アフターサービスしますよ」 ついそう言ってしまった。勢いだ。 「ホント!?」 けれど、数か月しても連絡が来ることはなかったのだ。
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