二人で立つマウンド

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名波(ななみ) 将大(まさひろ)君──ウチの大学で、一緒に野球やらないか」  そう言って渡されたのは、一枚の名刺だった。  高校最後の夏。県大会を順調に勝ち上がってきていた、ある日の試合直後。球場を出てすぐ、見慣れないユニホームを着た男性に呼び止められる。自分には生涯、こうやって名刺を貰うシーンには縁が無いと思っていた。 「あ、ありがとうございます。でも、俺──」  そこまで言いかけて言葉を飲み込む。自分が所属する三河(みかわ)商業高校は、決して強豪校ではない。今はエースナンバーを付けているけど、甲子園常連のエースなんかと比べたら平凡なピッチャーだ。  それに、素直に喜べない理由がもう一つある。他の人には共感されにくい家庭の事情。そのことが頭をよぎった時──遠くから、「将大ー! 早く行くぞー!」と叫ぶチームメイトの声で我に返った。 「あぁ、突然呼び止めて悪かったね名波君」 「いえ──自分なんかに、嬉しいです」 「ちなみにスポーツ推薦なら奨学金も出る。もし興味があれば連絡してくれ」 「ありがとうございます──もう少し考えてみます」  そう言って一礼し、チームメイトのもとへ足を進める。受け取って手に持ったままだった名刺は、ユニホームのポケットの中へ咄嗟(とっさ)にしまい込んだ。    *  尾張(おわり)大学野球部スカウト担当 伊勢崎(いせさき) 泰造(たいぞう)  球場から出発するバスの中で、名刺に書かれた文字を思い出した。車窓から流れる景色をボーっと眺めながら、自分の気持ちを整理してみる。  野球は好きだ。この夏がもっと続けばいいのに、とも思う。だけど──高校を卒業したら、俺はスパッと野球を辞めて就職するつもりでいた。その気持ちが揺らぐことは、おそらくない。  こんな無名の自分に目を付けてくれたのは嬉しいけど──伊勢崎さんが望む答えは、俺には出せない。そんな思いに(ふけ)ながら、部員を乗せたバスは住み慣れた町に戻っていく。
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