二人で立つマウンド

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 そして翌日。準々決勝ともなると、応援の人数も多くなる。マウンドからの景色も、いつもと少し違って見えた。  今日の相手は西邦(せいほう)学園。県内でも一位二位を争う、甲子園常連の強豪校だ。周りも、そして俺達でさえも、今日は西邦が有利だろうと心のどこかで思っていた。  しかし──その予想は、思いもよらない形で裏切られる。 『ストライーク! バッターアウッ!』  相手バッターを空振り三振。球審の甲高(かんだか)い声が球場に響き渡る。  ボールが指に掛かる感触。バッターの手元で伸びている感覚。そして変化球のキレ。今日はいつもより、確実に調子が良い。思わず「よっしゃぁー!」と言う雄叫(おたけ)びが(あふ)れ出た。  ピンチになった時、心が乱れそうな時──ユニホームのポケットを軽く()でる。その中には、姉ちゃんから貰ったお守り。綿(わた)の柔らかい感触を手に染み込ませる。それだけで、力がどんどんみなぎっていくのが分かった。  一人だけど、一人じゃない。姉ちゃんの思いと共に、俺はマウンドに立っている。ポケットの中から伝わる不思議なパワーを、ボールに乗せて投げ続けた。    *  強豪相手でも、折れない心で立ち向かっていける。その気持ちは嘘じゃない。だけど──強いチームの底力というのは、思っていた以上に強力だった。 「はぁ……はぁ……」  八回裏、ツーアウト満塁。球数は既に百球を超え、息の乱れと大粒の汗が目立ってきた。  ここで迎え撃つは──西邦学園の四番、牛尾(うしお)。ドラフト指名の呼び声高い、プロ注目の強打者だ。ここを無失点で抑えるか、それともタイムリーを許すか──試合の勝敗を左右する重要な局面にさしかかった。 「ふぅ……さすがに緊張してきた」  一度プレートから足を外し、深呼吸しながら息を整える。全ての物音をかき消すほどの、地鳴りのような応援が球場中に響き渡っている。  スパイクに目線を落とし、ポケットの中に手を入れる。指先に直接伝わるお守りの感触。目を(つむ)り、その(ぬく)もりを感じながら──これまでの日々を思い浮かべた。  高校に入学して一年間、ろくにボールも投げていなかった俺に声をかけてくれた刈屋監督。新聞配達ばかりしていた経験さえもプラスに捉えて、再びチャンスをくれたことは感謝してもしきれない。ただ、姉ちゃんとこっそり連絡を取り合うのは正直やめてほしいけど。  それと、そんな俺に可能性を見出(みいだ)してくれた伊勢崎さん。ポケットに入れたあの名刺が、俺の運命を大きく変えた。尾張大学に進むのか、それとも野球を辞めて就職するのか、正直まだ迷っているけど──マウンドを通して、その答えを出せたらいいと思う。    そして──いつもそばで支えてくれる姉ちゃん。おそらく、もう球場のどこかで俺の姿を見ている。自分だって苦しいはずなのに、弟の俺にはそれを一切見せず、野球をする姿を誰よりも応援してくれている。今このマウンドに立てているのは、間違いなく姉ちゃんのおかげだ。 「見ててくれ姉ちゃん。俺の、投げる姿を──」  そう呟いて、目を開ける。再びプレートに足を乗せて、バッターボックスに立つ牛尾と対峙した。このヒリヒリする緊張感こそ──俺の大好きな、野球の醍醐味だ。  お守りから伝わるパワーは、ポケットから(あふ)れ出るほど受け取った。ありったけの思いと、二人の情熱を乗せて──渾身の一球を投げ込んだ。
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