585人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は白いTシャツにグレーのボクサーパンツを履き、彼女は余韻を味わうように白いボタンを色味のない爪先で留めた。ベージュの二人掛けのソファに肩を寄せ合い、気怠くハイバッグにもたれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
水滴の付いたグラス、ミネラルウォータを二人で回し飲みした。ぎこちない親近感。俺は金沢に居る瑠璃と、隣に座る佐川さんとの時間を思い返していた。佐川さんはそれを察したのか右手をそっと重ねた。
「分かってるわ」
「なにが」
「みんな知ってる」
「なんの事」
「私も知ってる」
彼女は豆の形をした茶色いテーブルの上に置いたままの俺のシルバーグレーの携帯電話を指差した。
「待受画面の彼女、金沢支店の満島瑠璃さんだよね」
「・・・・・」
「奈良くんに彼女がいる事、私、知ってる」
「そっか」
「フロアのみんなに見せていたし」
「そっか」
「うん」
ならどうして俺を拒まなかったのか、その時俺は、怪訝そうな顔をしていたのだろう。佐川さんは手を離すと、ソファの上に立膝をして背中を丸めた。そして俺に聞こえるか、聞こえないかの小さな声で呟いた。
「側にいて欲しい人はみんな居なくなる」
「いなくなる?」
「好きな人が急に居なくなる事が怖いのよ」
「だから?」
「中途半端に好きな人が丁度いいの」
思わず彼女の肩を引き寄せていた。俺は好意を抱く相手が居なくなる事が怖い、そんな感情を抱いた事はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!