801号室

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 俺は白いTシャツにグレーのボクサーパンツを履き、彼女は余韻を味わうように白いボタンを色味のない爪先で留めた。ベージュの二人掛けのソファに肩を寄せ合い、気怠くハイバッグにもたれる。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」  水滴の付いたグラス、ミネラルウォータを二人で回し飲みした。ぎこちない親近感。俺は金沢に居る瑠璃と、隣に座る佐川さんとの時間を思い返していた。佐川さんはそれを察したのか右手をそっと重ねた。 「分かってるわ」 「なにが」 「みんな知ってる」 「なんの事」 「私も知ってる」  彼女は豆の形をした茶色いテーブルの上に置いたままの俺のシルバーグレーの携帯電話を指差した。 「待受画面の彼女、金沢支店の満島瑠璃さんだよね」 「・・・・・」 「奈良くんに彼女がいる事、私、知ってる」 「そっか」 「フロアのみんなに見せていたし」 「そっか」 「うん」  ならどうして俺を拒まなかったのか、その時俺は、怪訝そうな顔をしていたのだろう。佐川さんは手を離すと、ソファの上に立膝をして背中を丸めた。そして俺に聞こえるか、聞こえないかの小さな声で呟いた。 「側にいて欲しい人はみんな居なくなる」 「いなくなる?」 「好きな人が急に居なくなる事が怖いのよ」 「だから?」 「中途半端に好きな人が丁度いいの」  思わず彼女の肩を引き寄せていた。俺は好意を抱く相手が居なくなる事が怖い、そんな感情を抱いた事はなかった。
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