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「佐川さん」
「なに?」
「中途半端な恋なら、しない方が良いんじゃない」
「そんな事言って、今、奈良くんは中途半端というより」
「浮気?」
緑色の刺繍、葉っぱ模様のベージュのソファを抱えた佐川さんは小さく頷いた。
「好きだし」
膝に肘をつけ、頬杖を付いた俺は佐川さんの目を見た。佐川さんは呆気に取られた顔をしていた。そして戸惑ったように目をテーブルの上の枝豆に目を落とした。
「奈良くんが何を言っているか分からない」
「俺もよく分からない」
「ひどっ!適当!」
「でも、佐川さんの事が気になる」
佐川さんの二重の瞼がゆっくりと閉じて開き、ぽってりとした唇が微かに動いた。
「る、瑠璃さんは」
「瑠璃には一目惚れした」
「一目惚れしたのね」
「可愛かった」
「そんな事、聞いてない!」
手のひらで肩を思い切り叩かれた。結構痛かった。
「けれど今は佐川さんの事が知りたい。」
「・・・・・」
「瑠璃には一目惚れした、可愛いと思う。けれど佐川さんとは仕事やプライベートで何でも話せるし、相談もできる、信頼してる。」
「そう」
「今はそれしか言えない」
「そう」
「でも好きだ」
「そう」
瑠璃は俺が一目惚れをして告白して一ヶ月付き合った。そして二年間の遠距離恋愛、ひとときの燃え上がる情熱は有っても深い部分での会話をした事が無い。実際、瑠璃の家族の事、生い立ち、何一つ知らない。
俺は瑠璃という女性の輪郭しか知らない。
そういう意味では俺は佐川さんの内面に惹かれていた。
「片付けようか」
「手伝う」
「うん」
それから俺は枝豆の皮を捨て、焼き鳥の串を新聞紙で包みゴミ箱に捨てた。皿をキッチンに運び、佐川さんがそれを洗った。二人で居酒屋我が家の片付けを終えると「また明日ね」と手を振り、俺は5階へ降りるエレベーターのボタンを押した。
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