行こう!

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 店内には香ばしい衣の匂いが充満し、キッチンでは揚げ物がパチパチと弾け、その中では肉汁がジュワーっと滲み出ている頃だろう。呑気な顔で笑っている白いスーツのカーネルサンダースおじさんを恨めしく見た。そこへ二枚のトレーにLサイズのコカ・コーラを二個、Lサイズのフライドポテト、6ピースの熱々フライドチキンを乗せた寿が、私の向かいの椅子に腰を掛けた。 「ご馳走になります」 「いえいえ、傷心の友人へのせめてものお詫びの気持ちです」 「なんでお詫びなの」 「いや、LINEしてからさぁ、直接瑠璃に話せば良かったなぁって後悔したのよ」 「後悔」 「気がついたら送信してた、ごめん」  フライドポテトを口に放り込んだ寿は、アチアチと涙目になりながらそれを咀嚼してゴクリと飲み込んだ。慌ててコーラのストローを啜る。 「気にしないで、浮気だって分かっただけでも良かった」 「良かったって、何がよ」 「富山に行く理由も出来たし」 「なに、あんた面倒臭いって言って無かった?」 「うーん、多分、何となくそんな気はしてた。だから確かめるのが怖かったと言うか、何というか」 「御愁傷様。ね、これ食べて良い?」  寿はちょこっと持ち手が付いたようなオリジナルチキンを指先で摘むとハフハフと息を吸ったり吐いたりしながら頬張り始めた。私はジュルジュルとコーラを飲み、気が付くとその水分が目からポロポロと溢れて、手元のフライドポテトに塩味をプラスした。 「ちょ、ちょっと泣かないでよ」 「仕方ないじゃない」 「おーよしよし、泣け、泣け」 「や、ちょ!」  その油ぎった手で私の後頭部を撫でようとしたので思わず後ずさってしまった。それ、拭いてからにしてよ。 「で、チケットは取ったの?」 「うん、来週の金曜日に有給休暇もらった」 「金曜日!週末〆で忙しいのに、よく係長が素直にハンコ押したわね!」 「なんか、にこにこ笑ってた」 「にこにこぉ?」 「何処か旅行に行くの?って聞かれたから」 「うん」 「富山に行きますって答えたら急ににこにこ機嫌良さそうに頷いた」 「何じゃそら」 「何じゃそら、でしょ」 「まぁ、ほら、あんたも食べなさいよ」 「うん」  私は一番大きな胸肉にかぶり付いた。このモソモソした感じが好きだ。小さな骨を指先で外しながら頬張る。建はそんな私を変な奴だなと笑った「オリジナルチキンはもも肉だろう」と口の周りを油でギトギトにして笑った。駄目だ、もう何もかもが建に結びついて悲しくなってしまう。 「・・・・っ」  ところが寿はそんな涙が引っ込んでしまうくらいの爆弾発言をした。 「あのさぁ」 「な、な・・・に」 「あのさ、今日聞いたんだけどさ」 「うん」 「黒木係長さ、あんたの事、好きみたいよ」 ブフォ! 「はぁ!?」 「これ、確かな情報筋」 「黒木係長とか!ハンコ貰うくらいしか接点ないじゃない!」 「二年前の歓送迎会、あんた、黒木係長の隣だったじゃん」 「見てたの?」 「いやさ、あのルックスでしょ?」 「うん、まぁ、格好良いよね」 「狙ってる女子、多いのよ。知らなかった?」 「知らない」 「あぁ、あんたもうその時、奈良一筋だったからね」  二人でコカ・コーラの紙コップを持ち上げる。飲む。トレーに置く。そして寿のニヤニヤと笑う顔を見上げる。 「口、凄いよ、拭いたら?」 「あ、ん」  紙ナフキンで口元を拭くとピンクの線が付いた。あの日、エレベーターで黒木係長の胸元に付いた口紅だ。 「一目惚れらしいよ」 「そ」 「あんた可愛らしいから羨ましいわ。私も誰かに一目惚れされたい!」  その油で汚れた手で自分を抱きしめるのは止めた方が良いと思う。 「それで奈良、んじゃない?」 「まさか」 「職権濫用で邪魔者は排除ーーーーーみたいな?」  寿は首の前で親指を立てて、左から右へ一直線。 「富山行くのを喜んだ理由はそれ、か」 「それ?」 「奈良の浮気、知ってるとか」 「まさか!」 「何がまさかよ、私が知ってるんだからそんなのバレバレよ。知らなかったのは呑気な本人だけってね」 「ひ、ひどい」 「事実じゃん」 「富山で二股、泥沼で破綻しろーーーー!みたいな?」 「ひ、ひどっ!」  二人でフライドポテトを摘む。口に運ぶ。私は勢いよく二本、三本と口に詰め込んだ。もぐもぐもぐもぐ。 「だからじゃない?」 「何が」 「急接近、傘、貸してくれたんでしょ?」 「まさか」 「待ち伏せしてたんだったりして、リアルストーカー、怖っつ!」 「自分の上司をストーカーとか失礼じゃない」 「あり得るわよ、知らないのは鈍感な本人だけってね」 「鈍感」 「事実じゃん」  両手を合わせる。ごちそうさまでした。 「まぁ、富山で玉砕して来なされ」 「玉砕」 「次よ、次」 「次」 「黒木洋平、洋ちゃんに癒してもらうが良い!」 「そんな、他人事だと思って」  寿がトレーを持って立ち上がった。上げ膳据え膳。 そしてしゃぶり尽くした骨をゴミ箱に捨てながら笑顔で振り返った。 「失恋は恋で癒すのよ、歌にもあるじゃない」 「はぁ」
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