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社員食堂
食券販売機には長蛇の列、一足早く営業先から戻った奈良建はトレーにAランチを乗せて空席を探した。混雑する社員食堂にそのスペースは見当たらない。この状態で待てと言うのか。
「マジかよ。味噌汁冷めるじゃん」
今日のAランチは五目ご飯にわかめと豆腐の味噌汁、メインは揚げ出し豆腐、胡瓜の漬物。
(漬物)
漬物を見るだけで佐川さなを連想する。
(なんか、俺。佐川さんの事ばっか考えてんじゃん)
ここ数日、連続して届いていた瑠璃のLINEメッセージが届かなくなった。連絡が有ればあれで鬱陶しく感じるが、いざそれが無くなると少し気掛かりでもある。けれど今の状態でどんなメッセージを送ったら良いのか、LINE画面を開いても文字を打つ指が止まる。
「おい!奈良!こっちこっち!」
食堂の自販機の陰で手がぴょこぴょこと手招きをした。同じ営業の面々が席に空きがあるからと呼んでいるのだ。
「おう、助かったわ。激混みじゃん」
「給料出たからな」
「お疲れ、どうだった?」
「今日は駄目だな、パンフレット置いて来るだけで収穫なし」
「そんなしょっ中保険なんて入らねぇし」
ちょんちょんと箸を味噌汁に浸して五目ご飯を口にかき込む。ポリポリと音を立てて胡瓜を頬張っていると向かいに座った木倉が俺の顔を覗き込んだ。
「なぁ、おまえさ」
「ふぁんだよ」
「佐川さなと付き合っているって本当か?」
ブホッ
「な、なんだよ、いきなり」
「金沢のとは別れたんか」
「とは?」
「携帯待受画面の彼女だよ」
「・・・・・」
味噌汁を啜る。口元にわかめが貼り付き指先で口に捩じ込んだ。
「止めとけ」
「何が」
「佐川さな、あいつ誰とでも寝るらしいぞ」
「まさか」
「やっぱおまえ、付き合ってんだろ」
「カマかけたのか」
「そんなんじゃねぇけど、なぁ?」
隣でも云々と頷いて眉間に皺を寄せている。
「誰でも良いらしいぞ」
「そんな噂話止めとけよ、同僚だろ」
けれどふと、佐川さながポロリと溢した言葉が頭を過った。
=側にいて欲しい人はみんな居なくなる=
「いなくなる?」
=好きな人が急に居なくなる事が怖いのよ=
「だから?」
=中途半端に好きな人が丁度いいの=
中途半端に好きな人、それがこいつらの言う誰とでも寝るって事なのか?
揚げ出し豆腐を箸で摘んだが、それはグズグズと崩れた。
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