マイケル? マイケルなの?

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マイケル? マイケルなの?

「やはり……詐欺なのでしょうか?」とシェリーは不安な顔で私に尋ねる。 「100%詐欺だとは言い切れません。でも、冷静に考えて下さい。マイケルが本当にあなたのことを愛していたら、お金なんて要求してきませんよね?」 「あれは……エージェントに支払うためのお金で……」 「あなたを愛しているなら……自力で国境を越えてあなたのところに来るはずです。命を懸けて。エージェントに頼ったりするはずがありません」 「そう……ですよね……」  シェリーにこれ以上質問する可哀そうな気がするのだが、これも捜査の一環だ。  私はシェリーを傷つけないよう細心の注意をはらいつつ質問を続けた。 「それに……あなたはマイケルに会ったこともありませんよね?」 「はい、ありません」 「もし、マイケルが実在したとして……本当に『禁じられた逃避行』のトムのような男性だと思いますか?」 「禿たオッサンかもしれない……」ミシェルがボソッと言った。  ミシェルの独り言を聞いたシェリーは「マイケルは禿ていません!」とムキになった。  今のは空気を読まないミシェルが悪い。  私はミシェルを睨みつけた。でも、ミシェルは動じない。 「でも、ご婦人。会ったことはないんでしょ?」と失礼なミシェルは続ける。 「会ったことはないけど……写真はあるわ!」  そう言うとシェリーは写真を私とミシェルに見せた。写真には凛々しい青年が写っていた。彼がマイケルらしい。  マイケルの顔を初めて見たはずなのに、なぜか私は彼を知っているような気がした。なぜだろう?  横を見るとミシェルが笑っている。さすがにシェリーに失礼だ。 「ミシェル、なぜ笑っているの?」 「いやー、この写真……っぷ……ウケるわー」 「笑ったらシェリーに失礼でしょ!」  私はミシェルを睨みつけるのだが、当のミシェルは爆笑している。 「あー、おかしい。だって、お嬢様もこの人のこと、知っていますよね?」 「私が知っている? 見覚えがあるような気もするけど……分からない」 「っぷ……マジですか? お嬢様の目は節穴ですよー」 「いいから、さっさと誰なのか言いなさい!」  怒り心頭な私を無視してミシェルは爆笑していたのだが、しばらくしたら落ち着きを取り戻した。 「ご婦人、お嬢様、大変失礼しました」 「いいから、誰なのよ?」 「ヒントを差し上げましょう!」 「ヒント?」 「ええ、今からフィリップ呼んでもらえますか」 「フィリップ? まぁ、いいか……」  私は「フィリップ」と呼んだ。すると、音もなく男が私の前に跪いた。 「あなたは先ほどの……」シェリーの目がハートになる。  ミシェルが「ヒント」と言ったフィリップに私は質問する。 「ねえ、フィリップ。これが誰か分かる?」  フィリップは写真を手に取ると驚いた顔をした。フィリップはこの人物を知っている。それだけは私にも理解できた。 「これをどこで手に入れたのですか?」 「シェリーが持っていたのよ」 「ご婦人が? なぜ私の写真をお持ちなのでしょう?」  ――うん? ……いま何て言った?  私には「なぜ私の写真を?」と言ったように聞こえたのだが……。私はフィリップに確認する。 「シェリーの文通相手のマイケルから送ってきたんだって……っていうか、この写真、フィリップ?」 「そうです。10年ほど前の私です。傭兵として活動していたときに、戦場カメラマンに頼まれて撮った写真ですね」 「へー。でも、素顔が敵にバレたら潜入活動はしにくいんじゃないの?」 「いえ。顔は魔法で変えられます。だから、特に問題ありません。それに、私の顔を見て生きている者はおりませんから……」  怖いことをサラっと言ったのだが、どうやら……全員殺したらしい。  フィリップはどこか遠くを見ている。過去を懐かしんでいるようだ。  そんなフィリップに話しかけるシェリー。 「マイケル? マイケルなの?」 「いえ、違います」 「本当はマイケルなんでしょ?」 「いえ、フィリップです」 「あぁ、マイケル………」  横を見るとミシェルが二人のやり取りを見て笑っている。 「っぷ……ウケるわー。マイケルなんていないっつーの」  失礼にもほどがある。私はミシェルの足をグリグリ踏ん付けた。 「お嬢様、痛いですよ。でも、この件は国際ロマンス詐欺だったでしょ」 「そうね。マイケルなんていなかったわね」  マンデル共和国からミシェルに送られてきた詐欺の手紙。 『禁じられた逃避行』の設定、セリフを利用して外国の会社に送金させようとする卑劣な詐欺だ。  乙女の心を弄ぶ下衆を許しておくわけにはいかない。  だって、私は公爵令嬢。乙女の味方だから。
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