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エピローグ
羽衣ルリ子のミニ写真展は大盛況、とまではいかないものの当時を懐かしむお年寄り、映画ファンで1週間の会期中、古びた写真館は賑わった。
そして最終日。
「ありがとうございました」
最後のお客様を送りだし、室内に長く窓の影を引くドアに、カーテンを閉めようと近寄ったとき、ドアのガラスの向こうに人影がみえた。
人影は躊躇わずにドアを開ける。
「こちらは藤森写真館さんでお間違いないですか」
俺は頷く。
「わたし、遠山麻衣と申します。大叔母の写真を飾ってくださっているってニュースでみて、東京から来たんです。みてもいいですか。時間ぎりぎりなんですけど」
「よく似ていらっしゃいます」
「やだぁ」
「大叔母に会ったことあるみたい」
「お会いしましたよ」
遠山麻衣は、怪訝な顔をしてそれから華やかに微笑んだ。ルリ子さんによく似ている。
「ああ、写真でね」
麻衣はゆっくり丁寧に見て回りながら、「きれいだったんですねえ、色々な映画にでているけど、端役ばかり。妹役とか」と笑う。
「これからだったんですよ。亡くなったのは十六、七ですから」
「ありがとうございます。そう言っていただけると大叔母も喜びます」
「きっと大女優になっていましたよ、ハリウッド進出だってしていました」
「まさかあ。ほんとに大叔母に会ったことあるみたい。あの、今日はお願いがあるんです」
麻衣は手に持っていた風呂敷を解いた。
「この振袖、大叔母のものなんです。これを着たわたしの写真を撮ってほしいんです」
「もちろんです。着付けなどはどうします。髪もあげたほうがいいんじゃないかなあ。うちの提携先の美容院でできますけれど」
言い慣れた言葉を口からだしながら、俺は黒白朱色にそめ分けられた鮮やかな振袖を着たルリ子を思い描いた。
「大叔母がここの写真館のひとと約束したんですって。だから来られない大叔母に代わってわたしが役目を仰せつかったんです」
「仰せつかったって。誰に?」
鼓動が速くなった。
「大叔母です」
「ご存命なんですか」
きっと僕の声は震えていただろう。
「はい。東京で。わたしの家で暮らしています。ちょっと高齢で電車も飛行機も載せられないので。私が来ました。大叔母が言っていたとおりの街で、写真館だわ」
「そうですか。変わってないですか。それはよかったです。まちなかでスナップも撮影しましょう。大叔母さまに見せてさしあげてください」
いいんですかぁ、と少女は頬を染めた。
ふたりの運命は交わらなかったけれど、ほんの少し変わったんだ。じいちゃん、よかったな。
僕はその晩、じいちゃんのノートを開くと、うっすらと黄色くなった紙に
「遠山麻衣嬢来館。羽衣ルリ子は存命が確認される」と書き込んだ。
この日を境に、僕が寝る前に埴輪を撫でても毎星町の夢をみることはできなくなった。今でも時折、あのどこか懐かしい終戦間際の町に行って、若いじいちゃんと話してみたくなるが、それはかなわない。
埴輪は今日も僕のデスクの上で、ちんまりと文鎮の役目を果たしている。
了
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