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プロローグ 王墓の中
王は悩んでいた。
壁に描かれた星宿が明るく輝き、美人たちが互いに目くばせしながら、ひそやかに言葉をかわしている。
「あら、来たようです」壁の美人がちらりと王の白皙の横顔をみる。王は優美に弧を描く眉を少し動かした。
「さあ、お立ちくださいませ」
美人たちは王を促すと、澄まして王の後ろに立った。
*
いつの間にか若い女が王の前に跪いている。
「今年もまいられたのか」
「まいりました」
「答えは同じだ。吾は我が国を富ませ災厄から守るが、個人の願いをかなえることはしない」
後ろで三人の女たちが小さくため息をつく。
埴輪たちも悲しげにそれに倣う。
女が顔を上げた。玄室の輝きが女の美貌を照らしだした。気の強そうな眉、くっきりとした二重瞼の下に輝く鳶色の瞳、高い鼻梁、意志の強さが現れている引き締まった口元。
「どうしても?」
「もう終わったこと」
「わたしのなかでは終わっていません。約束が果たされないままなのです。わたしは誰からも忘れられてしまいました。誰からも」
女は最後の誰からも、に力を込めた。
「百年も経てば皆忘れられる」
王は毎年繰り返す言葉を今年も繰り返した。女の目に怒りがちらちらと燃えた。
「忘れられるということは存在しなかったのと同じです。でも王は1500年も前にみまかっているのに、未だ尊崇を集めていらっしゃる。この塚があるからです。わたしはついこの前死んだのにもう誰の記憶にもない。墓もない。惨めな死に方でした」
後ろでは三人の女たちが嗚咽をもらし、周りでは埴輪たちがえんえんと泣く。王はしばらく考えていた。この女の恨みの念はこの先もさまよい続け、約束をした地だというここに毎年やってくるだろう。自分が現世とつながるこの日に。「たまらん」。翌日には国見をし、エブリスタウンをことほぐという最も大事な仕事が控えているのに、この怨念を前日にうけとめるのはかなわん。
「では」
一斉に王に視線が集まった。
「きっかけを与えよう。そこからそなたの運命は変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。それでよいか」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
女は何度も繰り返した。
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