たった一つの約束

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「学校、行きたくないな」  部屋の壁に吊られてる制服を見ながら、どうしようもない不満を口に出す。  熱もない、どこも痛くない、どこをどう見たって健康体の私が、仮病なんて使えそうにない。  今日は、寒気なんて感じませんように。  体が震える瞬間なんて、来ませんように。  毎朝毎朝繰り返すたった一つの願い。  誰もがみんな無事で、平和な世界でありますように。せめて、私の周りだけでも。  世界平和だなんて、そんなご立派な考えなんかじゃない。これは私のため。自分勝手な高校生の、役にも立たない祈り。  校門の前で、さっきの願いを強く繰り返した。  家から出て、電車に乗って、平和そのものだった道のり。ここでも、その時間が続けばいい。 「ねぇ、今日は死神来てるよ」 「本当だ。今日も、やるのかな」  私を追い抜きざまに、聞えよがしに繰り広げられる会話。  内緒話は内緒話らしく、聞こえないようにやりなよね。    そもそも、私だってやりたくてやってるわけじゃない。あんた達が勝手に危ない目に合うんじゃない。  本物の死神が来てるんだよ?  放っておいたら、連れて行かれちゃうよ?  見て見ぬふり、できないじゃない。  だって、私にはわかっちゃうんだから。    なんの前触れもなく、私の背筋を走る悪寒。寒い冬だけじゃない、真夏にも感じる震えるほどの寒気。それを感じた直後、自分の周りで事故が起きるってことに、気がついたのはいつだったっけ。  誰にも言えない。言ったところで信じてもらえるはずもない出来事。  その寒気を頼りに、人助けばかりしていたら、ついたあだ名は『死神』  そりゃそうか。私の周りで事故起きすぎだもん。その度に助けてたら、ヒーローを自作自演してるって言われ出した。  でもね、本物の死神はもっとかっこいいよ。  テレビに出てくるミュージシャンみたい。  なんて、私の力以上に信じてもらえないか。  私が人助けしちゃうから、やることがなくなった本物が、その辺を浮遊してることにも気づいた。  他の人には見えてない。大きな鎌を振り回して、黒い翼で空中を飛ぶ。  漫画の死神みたいに、とんでもない容姿じゃなくて良かった。あんなものが現実に見えてたら、恐怖で腰を抜かしてる。 「今日は邪魔すんなよな」  こんな風に突然声をかけられて。いくらイケメンっていったって、大鎌に黒い翼。人間が空を飛んでたら、心臓がひっくり返るぐらいに驚いた。 「って、何でこんなところにいるの?」  一日、何とか平和に終わった学校生活。  学校生活ってさ、思った以上に危険が多い。  階段から落ちそうになって、野球ボールが頭に当たって。調理実習なんて、やめておきなよ。  寒気を感じなかったことに感謝して、私だけがビクビクしてることに、ほんの少し苛ついて。どうにもならない悪態をつきながら家に帰る真っ最中。  寒気を感じる前に現れた本物。  いつ見ても、その姿だけはかっこいい。 「今日は、割と暇でさ。遊びに来た」  遊びに? 私のところへ?  いくらひとりぼっちでも、死神に遊んでもらわなきゃいけないほどじゃないよ。
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