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くらくら 2
「こっちきて」
ベッドに腰掛ける円歌の声に誘われるように素直に近づく。私が隣に座ると円歌が急に抱き着いてきたから受け止める。昼間から大胆。
「どうしたの」
「昨日の事謝りたくて……ごめんね。送ってくれたのに勝手に帰って」
「なんだ、そのことなら別にいいよ。だって葵の言うこと聞いてくれて、夢まで見たんでしょ?」
「言わなくていい!」
「ねぇどんな夢見たの?」
私のからかうような言動に、円歌はぴったりと私に抱き着いていた体勢から少しだけ体を離して、今日はしっかりと目を見て答えてくれた。
「言ったら、つづきしてくれる?」
「え?」
続きって。そもそも私は夢で円歌に何をしたわけ?だってあの日、円歌とはキスばかりしてて……顔に熱が集まる。
「顔真っ赤だよ?何想像したの?」
「な!」
からかったことへの仕返しか、いたずらっぽい笑顔で私を見つめる円歌。
「……急にそんなこと言うのはずるじゃん」
「だってずっとにやにやしててムカついたんだもん。それよりお誕生日おめでとう葵」
「また急に……嬉しいけどさ。ありがとう」
「先に渡したいものがあったの……ちょっと待ってね」
円歌は私から離れると机の引き出しから小さな箱を取り出した。私の隣に座わり直し、私に開けるよう促す。何故か不安そうにしている円歌から箱を受け取って包装を開けるとそこには。
「これ……受け取って欲しいんだけど……」
「ペアリング?もしかしてこれ買うのにバイト増やしてたの?」
「うん」
私の部活が忙しいのもあったけど、円歌も怪我をするまではやたらバイトを入れていたから、一緒に過ごす時間が少なくなっていた。それを寂しく思っていたけど、このためだと思うと心がじんわりと温かくなる。
「右手の薬指にしたいんだけど怪我してるから、治るまでつけられないんだけどね」
「じゃあ葵もそれまで見るだけにする」
箱から取り出してリングを指で持ってみる。円歌のはピンクゴールドで私のはシンプルなシルバーリング。やばい。めちゃくちゃ嬉しい。素直に喜ぶ私と対照的に円歌はどこかまだ不安そうで。
「円歌?」
「……あのね、私は葵が付き合いたいって思うまでいつまでも待てるけど、でもやっぱり心変わりしたらどうしようとか思っちゃうから……だからこういうので安心したいって思ってて……重いかな」
「全然重くないよ……ってかそんなこと思ってたの?」
きっと円歌には私が付き合うならバスケ部でレギュラーになってから、というのが建前なのがバレているのだと思う。私が付き合えないのは、ただ自分に自信がないだけだ。でももう、そんなこと言ってる場合ではない。それなのに。
「ごめん円歌。そんなこと思わせて。でも本当に円歌のことは好きだから……本当に……ごめん……」
「泣かないで葵」
円歌が私の涙を指でぬぐってくれる。昨日志希先輩の話を聞いていて、ちゃんと私が逃げないで円歌と付き合っていたら、円歌と晴琉が怪我をすることはなかったのではないかと責任を感じていた。
さっき寧音ちゃん会った時、去り際に言っていたのだ。手紙にあった〈先に奪ったのはキミだから〉という警告は、志希先輩に関わった人の気持ちの代弁のつもりだったと。警告通り、志希先輩から円歌を奪っておいて、中途半端な関係を保っていた私は結果的に大事なものを傷つけてしまった。
「円歌のこと大事にしたいのに、どう大事にしたらわからなくて」
「葵はじゅうぶん大事にしてくれてると思うけどな」
「……ほんと?」
「心配かけたくなくて言わなかったけど……階段から落とされたの今もまだ怖いの。でも葵のおかげですごく気持ちが楽になったんだよ。あの日はずっと葵のこと考えてたし、今もそう。葵が隣にいてくれるから、大丈夫だって思えるんだよ?」
「でも付き合ったら、もっと葵のことだけ考えて欲しいって我がまま言いそうで……」
「それ我がままなの?私は嬉しいけどな」
子どもを安心させるように、円歌はずっと私の頭を撫でながら慰めてくれる。出会った時からずっとそうだった。いつも教室の隅で独りでいた私に初めて手を差し伸べてくれた時からずっと。円歌は私のそばにいてくれて、安心させてくれた。独り占めしたいと思うようになって、でも私なんかと一緒にいたら、いつか円歌は後悔するんじゃないかって不安で。
「……円歌は本当に葵でいいの?」
「今更?……ねぇ葵。そもそも私全然足りてないんだけど」
「何が?」
「葵が足りない。葵の気持ちもっとぶつけてほしい。もっと好きって言って欲しいし、一人で我慢しないで欲しいし、ちゅーだってして欲しい。あと嫉妬もして欲しいし、いつも手を繋いでほしい……あとはー」
「ちょっと待って!一気に言わないで。分かんなくなるから」
「これって我がまま?私のこと嫌になった?」
「……嫌になんてならない」
「でしょ?私も同じ気持ちなの、わかった?」
「うん」
「これからは悩んだら一緒に解決していこうね」
「……うん」
「もう泣かないの」
円歌に微笑みかけられて、ようやく私も決心できた。涙を拭いて、円歌の目をしっかりと見て。
「円歌。自分で言ったこと守らなくてごめんだけど、やっぱり好きだから。葵と付き合って欲しいです」
「うん。よく言えました」
また円歌は私の頭を撫でてくる。なんだか子ども扱いされてかっこ悪い告白になってしまったのが悔しいけど嬉しい気持ちがあふれてしまう。
「改めてよろしくね。葵」
「うん」
「じゃあそろそろ晴琉の家行く?」
そうだった。今日はこの後さらに晴琉の家で誕生日パーティーを開いてもらうんだった。誕生日の返事で夜更かしして、午前中は寧音ちゃんと話して……連日内容の濃い展開に眩暈がする。なんとか立ち上がり、晴琉の家に行く準備をする。あ、そういえば……寧音ちゃんと会った時に“あれ”を返してもらったんだった。カバンを探るとすぐに出てきた“あれ”。
「待って円歌。これあげる」
「ん?……あ!葵のキーホルダー!」
「円歌のは葵が付けてるし、これ円歌が付けてよ」
「うん。良かったねぇ見つかって」
そしてもう一つ寧音ちゃんからもらった余計なものもついでに出てきた。
「葵カバンからなんか出てるけど。何それ」
「……リボン。寧音ちゃんからもらったやつ」
「リボンだけ?」
「その……円歌に巻き付けたらって言われて」
「私に?どういうこと?」
「えっと、そのー……『円歌がプレゼント』的な?」
私は何を正直に説明しているのだろうか。やばい。引かれたらどうしよう。でもだって、我慢しないでいいってさっき言ってたから。
「へぇ……でも文化祭の時にいっぱいあげたよね」
「そういえばそうだね」
「もっと欲しい?」
「え」
「葵が欲しいならいいよ?」
「あ、ちょっと……ムリ心臓持たない」
何そのセリフ。ずるいでしょ。せっかく立ち上がったのに、付き合ったばかりの恋人の甘い言葉に惑わされた私は、耐え切れず顔を手で覆ってベッドに倒れた。
「何してんの葵……ねぇいらないの?」
ベッドに倒れ込んだ私の上にのしかかるようにして甘い声色で私の心臓を追撃してくる円歌。もう無理だ。
「いる」
円歌の首に腕をまわして、引き寄せてキスをする。円歌が上にいると体を支えるのに怪我をした右手首に負担がかかるから、キスをしながら体勢を変える。
「――葵……そろそろ晴琉の家行かないと」
「えー……走って行けば間に合うよ」
「えぇ?やだよ……ねぇ、いつでも続きしていいから」
「つづきって?」
さっき言われた仕返し。今度は円歌の顔が赤くなる。
「何想像したの?」
得意げに返したら、円歌がちょっとムッとする。そんな顔も可愛いから困ると思いながら、余裕な気持ちで口角を上げていたら、円歌の怒りを買ったらしい。
「やっぱりなし!葵がレギュラーになったらつづきしていいよ」
「え?」
「だってレギュラーになったら付き合うって約束なくなっちゃったし。葵のモチベーションのためにもそうしよう」
「え!」
「それに我慢してる葵の顔見るの好きだし。うん。決定!」
「ええぇー……」
「ほらもう行くよ?起きて?」
「……はい」
シュンとしながらようやく円歌の部屋を出ようとしたら。円歌が後ろから抱き着いてきて、耳元でささやいた。
「早く葵でいっぱいにしてね?」
付き合って数十分でこんなに心を揺さぶられるなんて。これから私はどうなってしまうのだろう。お酒なんて飲んだことないけど、私は円歌に心地よく酔わされている感覚がしていた。
――くらくら両想い 完
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