第15話 ウソと誇張

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第15話 ウソと誇張

「最後に魔法薬学保管庫に入ったのは、僕とライズ先生です。けどその30分前に……僕がひとりで入りました」  嘘だ、と。  リィエンの話を聞いて、ライズはすぐに思った。  30分前に魔法薬学保管庫に入ったのは、本当はライズのほうだった。  時刻はたしか——。 「夜の10時頃でしょうか。研究の途中で材料を切らしてしまって。それで魔法薬学保管庫まで取りに行ったんです」 「え、そんな時間までやってるんですか?」  ヴァンが驚いたような、うんざりした顔をしてみせる。そこにくすりと、リィエンが愛想(あいそ)笑いを返した。 「日中は授業がありますから。長丁場な調合だと、どうしても夜遅くなってしまうんです」 「そいつは大変ですね。で、ひとりで行かれたと」 「ええ。目が離せない調合でしたし、僕は助手ですから」 「そのとき、部屋に鍵は?」 「かかっていました。鍵も正常でしたし……なのでいつもどおり、鍵を使って中に入りました」 「普段となにか変わったこととか、ありましたかね?」 「特には。ただ、あの部屋は物も多いですし、ごちゃごちゃしてますから。多少物が動いていても気がつかなかったと思います」 「ちなみに、そのときは何か、大きな変化っていうか……」 「目立つところに死体があれば、さすがに気づいたと思いますよ。もっとも、魔法で隠されて気づかなかった可能性もありますが」  あえて(にご)したところを的確に返され、ヴァンはありがとうございますと苦笑する。 「で、そのあとは?」 「材料を取って、すぐに部屋から出ました。ただ、……」  急に、すらすらと話していたリィエンの口が(よど)む。  その様子が気になったのか、魔法執判(しっぱん)官たちがちらりとリィエンに視線を投げた。 「なんです?」 「じつは……。僕はそのとき、鍵を——かけ忘れてしまったんです」  その瞬間。  少しだけ、空気が張り詰めた気がした。  先ほどまで親しみを前面に出していたヴァンの顔にも、捜査員らしい(するど)さが混じってくる。 「確認ですけど、鍵は普段必ずかけてるんですよね?」 「ええ。けどあのときは調合の関係で急いで戻らなくてはいけなくて……焦っていたんだと思います」 「かけ忘れに気づいたのは?」 「調合が終わって、30分後に余った材料を戻しに来たときです。ライズ先生も一緒でした。死体らしきものはありませんでしたが……」 「……」  リィエンが神妙(しんみょう)な顔で口を閉ざす。  魔法執判官のヴァンとフィフィーも、黙って歩きながら、この出来事をどう扱うべきか考えているようだった。  思考をまとめているあいだ、とりあえずといった感じで、各々の視線が廊下のあちこちに向けられる。  そのなかで、ただひとり。  ライズだけが、明確な意図を持ってリィエンを見ていた。 (……どういうことなんだ、これは) 「ああ、それと魔法薬学保管庫の鍵のことですが。あれは厳重に管理されているわけではなくて——」  思い出したように語りだすリィエンを見ながら、ライズは思考を巡らせる。  嘘を(くつがえ)さないでほしい、とリィエンから頼まれていたが、かといってライズも目の前で捜査を混乱させるようなことがあれば黙っているわけにもいかない。  けどリィエンが嘘をついたのは最初だけで、あとはすべて、ライズが学校に報告した内容を元にした真実だけを話していた。  ただ、今気になるのは。  この真実のほうだ。  (なぜリィエンは、こんなにも真実を誇張して話すんだ?)  彼の語った30分の空白。  それはさも重要な出来事のように(ひび)いていたが、ライズから見れば鍵のかけ忘れが事件に影響を及ぼしているとは到底思えなかった。  なぜなら、あの時間に魔法薬学保管庫の前を通るものなどないに等しいし、そもそも鍵をかけ忘れたかどうかなんてイレギュラーなことが事件に関与しているかも疑問だったからだ。  なのにリィエンの話し方だと、それがあたかも事件に関係しているかのように聞こえてくる。  彼はほかにも、白衣に入れっぱなしの鍵を取り出せた可能性だとか、教員の個室にこっそり忍び込むことは可能だとか。そんな、普通なら検討しなさそうなことを、さもありそうに語っていた。  その理由は——。
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