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第18話 分析
すう、っと。
聞こえたのは、ようやく水面に顔を出したように息を吸い込む音。
続けて、はあ、と深いため息が聞こえて、思わずヴァンは笑った。
「お疲れ様です。けど、そこまで無理しなくてもよかったんじゃないですか?」
「そうですね。……けど、もし何か聞き逃してしまったらと思いまして……」
軽く息を整え、フィフィーがゆっくり顔をあげる。
疲れを滲ませながらも微笑む瞳に、ゆるやかに下がった眉。
はらりと顔にかかったプラチナの髪を丁寧に耳にかける姿は、正門で見せたあの隙のない感じから一転して、柔らかなものに変わっていた。
「周囲の会話や挙動を分析する魔法、でしたっけ?」
「はい。けどすみません、口を滑らせてしまって……」
「いーですって。それで、何か気になることでもありました?」
「……」
彼女は気づかわしげな顔を、ライズたちが消えていった扉に向ける。
「ヴァンさんは、昨夜この部屋に最後に入ったのは、本当にリィエンさんだと思いますか?」
「というと?」
「慌てていて鍵を閉め忘れてたという話ですが……ヴァンさんの握手をとっさに避けるほど冷静なリィエンさんと、イメージが合わない気がして」
「ああ……あれはたしかに」
「気になるのはライズさんもです。道案内の途中、リィエンさんが何も発していないにも関わらず何度も視線を向けていました。それも様子を窺うようなものではなく、不自然なタイミングで。あれにはいったいどういう意図があったんでしょう。それに私たち、本当に精霊のことについて聞かなくてよかったんでしょうか? ここはあのブラスヴァリー校長の運営する学校です。精霊に詳しいあの方が彼女たちにどんな指示を出していたか知っておくことは今後の捜査の役にも」
「あー、ちょっとフィーさん!」
「……ぁ」
ずいぶん熱が入っていたらしい。
思わず捲し立てていた自分に気づくと、フィフィーは恥ずかしそうに身を引っ込めた。
「すみません、つい」
「いや、聞いたの俺なんで。まあ色々気になることはありますけど……こういう時は、先に犯人挙げてから全部吐いてもらっちゃいましょう!」
犯人はすぐに明らかになる。
そう言うかのようなヴァンの言葉を、フィフィーは否定しなかった。
そして。
ヴァンを先頭に、ふたりは保管室へ続く扉を開ける。
ノブを引くと最初に感じたのは、部屋からわっと溢れる青臭い植物の匂い。開かれた扉の向こうは準備室の燭台と連動しているのか、既に仄暗い灯りに包まれていた。
ふたりは歩き出して——すぐに足を止める。
教室をふたつ繋げたような広さの保管室には、目を引くものがたくさんあった。
ずらりと並ぶ大きな棚に、大小様々なビンに収められた珍しい植物たち。机には古い装丁の図鑑が積み上げられ、部屋の奥ではプランターの花たちが傷ひとつない姿のまま佇んでいる。
けど、ヴァンもフィフィーも、そのどれにも目を向けることはなかった。
代わりにじっと、床の一点を見つめる。
ちょうど部屋の真ん中あたり。
大きな机と机の間にぽっかり空いたその空間に。
制服姿の少年が、仰向けで横たわっていた。
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