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ミオウ宅
「ここがミオウの家......」
外見は、古風な日本の屋敷といった感じだ。ヤから始まる怖い人たちが住んでいるといえばそうかもしれない。
道路に面した大きな門の前で立ち尽くしていると、上からヒラヒラと何かが舞って落ちてきた。
「ん? なんか......」
やがてそれは、ラシンの顔面近くまで落ちてきた。見ると、赤い装飾が施された札だった。丁度、ミオウが持っていたものと似ているような。
「危ないッ!! 」
それに気がついたミオウがラシンに向かって叫んだ。
「え? 」
すると、頭上から声が聞こえた。
「爆」
その声が聞こえた直後、札はラシンの顔面から胸にかけての場所で爆裂した。
「ラシンさん! 」
煙がラシンの顔を覆っている。常人では跡形もなく吹き飛ぶほどの威力だった。ラシンの顔もそうなっていると思われたが。
「......びっっっくりしたッ! 」
煙が晴れると、そこには真っ黒に汚れたラシンの顔があった。
「さ、さすが鬼......」
ミオウが感心しながらも恐れおののいていると、さっきと同じように頭上から声が聞こえた。
「鬼と分かっていながら、滅しもせずに連れてきたのか? ミオウ」
声の主は、20代ほどに見える男性だった。無表情で、ミオウを見下している。
「お、お父さん......」
「......え!? あれがお父さん!? 若すぎないか? 」
驚くラシンを見て、ミオウの父はゴミを見るような目をして言った。
「黙れ、鬼。貴様に喋る権利はない」
「えぇ!? 」
初対面なのにあまりにも無礼が過ぎる。これが本来の鬼の待遇なのだろうか。
すると今度は、自分の娘であるミオウを見ていった。
「ミオウ、今回の件でハッキリした。お前は、落ちこぼれ中の落ちこぼれだ。これよりお前を、絶縁とする。二度とここへ来るな」
その言葉は凶器となり、ミオウの胸を深く深く貫いた。絶望に満ちたミオウの表情はラシンの、父親に対する怒りを大きく募らせる要因となった。
「......おい」
「二度言わねば分からんのか? だま......」
呆れた様子でそう言ったが、目を向けた先には、妖力で周囲の空間を歪ませている男がいた。
「なるほど、混ざりものだと油断していたが、これは......」
「なにペチャクチャ喋ってんだ......テメェ」
一触即発の雰囲気。少し違えばすでにやり合っていてもおかしくない。
そんな緊張感の漂う空間を突き破ったのは、屋敷から出てきた女性の声だった。
「おやめなさい」
見た目は30代か40代という感じだ。着物を着ていて、一番印象的だったのは車椅子であったことだ。使用人に押されながらやってきた。
「母上ッ......わかりました」
「おばあちゃん......」
「......おばあちゃん!? 」
おばあちゃんというには若すぎる女性。ミオウの家系は不思議な術を使えるが、それは本人の歳さえも遅らせることができるのかもしれない。
門をくぐってラシンの前まで来た。
「あなたは、鬼ですね? 」
すべてを見透かしているような目。まるで、裸にされて全身をくまなく調べ上げられているような感覚だった。
「な、なんでそれを......」
「シウマが極端に嫌っていたので。あの子は鬼が大嫌いですから」
シウマ。おそらくミオウの父親の名だ。鬼が嫌いと言うならば、あの対応も納得できる。
「......さて、あなたはどんな御用でいらしたんですか? 」
本題に入った。ラシンは、ミオウの失禁と一緒に思い出しながら言った。
「俺が、無害な鬼だって証明したい。それと」
後ろの方でそれを見ていたミオウに寄っていき、彼女の肩に手を乗せた。
「ミオウを落ちこぼれ呼ばわりはしないでほしいんだ。頼む」
肩から手をおろし、ラシンは深くお辞儀をした。次に頭を上げたとき、イラつきながら付け足した。
「あと、父親! 絶縁は言い過ぎだ!! 実の娘に可愛そうだとか思わねえのか!? 一発ぶん殴らせろコノヤロッ!! 」
「な、なんだとこの......鬼め! 」
そういがみ合っていると、笑い声が聞こえた。眼の前の女性。ミオウのおばあちゃんだ。あれだけ高貴な雰囲気を漂わせていた女性が、楽しそうに笑っている。
「アハハハ! シウマに向かってそんなことを言う子は初めてです。シウマは強いですよ? 」
「強いとか弱いとか関係ねぇ! あの顔面陥没させてやるんだッ!! 」
笑って出てきた涙を軽く拭うと、手を膝の上に戻した。
「フフ、それでは教えましょう。あなたが無害だと証明する方法と、シウマを殴る方法と、ミオウを助ける方法」
それは、と言うと、膝に置いていた手の内の右手を持ち上げ、ラシンを指さした。
「あなたが私達の妖怪退治を手伝うこと」
ラシンは内心ドキッとした。先程、ミオウが生霊と呼んでいたあれは妖怪の一種なのだろうが、かなりの強さと狂気だった。また会うというだけでも恐ろしいのに、戦うとなるともっと恐ろしい。
「しかし、あなたは生霊の憑いた人間と戦い、傷つけ、殺すことはできるけれど《退治》はできない。そこで私のかわいい孫、ミオウが札を使って滅する。それを繰り返せばあなたの力量が上がり、いずれはシウマをぶん殴れでもするでしょう」
最後の文は少しふざけたような口調で言っていたが、ラシンの3つの望みを叶える策をこの一瞬で出したことは凄い。
いまだ腹が座らないラシンは、ふとミオウの方を見た。
この美少女が一族に迫害を受けている。その事実を思い出すだけで、ラシンの決意は固まった。
まだ門の上にいるシウマを指さし、ラシンは不敵な笑みを浮かべた。
「これから妖怪退治しまくって、テメェのそのふざけたツラをぶん殴ってやるからな!! 首をタワシでゴシゴシ洗って待っとけッ!! 」
「こ、この......」
捨て台詞を吐き、そのままミオウと一緒に出ていこうとすると、あることに気がつき、振り向きながらバックした。
「あんた今、かわいい孫って......」
そう、一族の嫌われ者であるミオウのことを、わざわざかわいい孫と言ったのだ。
「フフ、孫が可愛くないバアさんはいません。目に入れても痛くないわ」
すると、ラシンに向かって耳を近づけるようにとジェスチャーをした。その通りに耳を近づける様子を、ミオウは不思議そうに見つめているが。
「かわいい孫だからこそ、孫が好意を抱いてる男にミオウを任せたいんですよ」
それを聞くとラシンは顔を真っ赤にして蒸気を出した。
「バッ! ババババカいえ!! んなわけないだろッ!! 」
行くぞ! とラシンはミオウを連れて行ってしまった。ミオウは頭の上に?が見えるぐらいの顔をしていたが、その顔とも今は目を合わせることが出来なかった。
「......シウマ。あの人は素晴らしい才能の持ち主です。今は妖怪を滅することはできませんが、場数を踏めばあるいは」
するとシウマは門から降り、屋敷の方にクルリと体を向けた。
「ふん、いくら退魔師の真似事をしても鬼は鬼です」
そう言ってシウマは、屋敷へと戻っていった。
これから共に妖怪退治をしていくラシンとミオウ。彼らは二人で一つなのだ。
そしてそれを、電柱の上から見つめる人影があった。
「ふうん。カッッコいい男の人だニャア。おまけに妖力もすごいことになってるニャ。これは、吸い取り甲斐があるニャ〜」
地面に写る影には、その人物の腰辺りから伸びる二本のフワフワな尻尾が写し出されていた。
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