猫又

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猫又

「な......ッ! 」 あまりに驚いて、思わず目を開いてしまった。 銀に黒のメッシュを入れたような髪の色に、そこから生えている三角の耳。軽く縦に伸びた瞳孔に、腰の辺りから伸びている、髪と色の同じ二本の尻尾。口から少し見える八重歯。 さっきまで人間の女性だったそいつは、徐々に変身を解いていっていた。 「あれぇ? 目を瞑っててって言ったはずニャンだけどニャア? 」 耳と尻尾と目の形以外は普通の人間だ。むしろ、スタイルが良いまである。 「お前、妖怪か......こんなところに俺を連れ込んで、何が目的だ? 」 完全に先程の女性の面影は無くなり、変身の解除が完了した。そして、ラシンの質問に答え始める。 「そんなの決まってるニャ。君のパンパンになった妖力を、チューチューしに来たんだニャ」 すると猫は自身の顎に人差し指を軽く当てて舌なめずりをした。 「チューチューだと? 」 「そうにゃ......フフフン、君は効率よく妖力をチューチューできる方法を知ってるかニャ? 」 「......」 ラシンは黙っていた。しかし、すぐに黙ってはいられなくなってしまった。 「それは......えいニャッ!! 」 すると猫は地面を蹴り、瞬時にラシンの懐へ潜り込んだのち、腹部を人間とも猫とも思えない鋭い爪で切り裂いた。 「グオッ!! 」 猫はすぐさまラシンから離れ、不敵な笑みを浮かべながら背を向けて言った。 「血を出させて、その血と傷口から吸うんだニャ」 「ぐ......クッ」 「フフフン、じゃあまずは爪についた血で味見を......ニャ!? 」 猫は血がついているはずの右手の爪を見た。しかし、そこにはラシンの服の切れ端があるだけで、血は一滴もついていなかった。 「なんでニャ! なんで血がついてないニャ!? 」 驚いてラシンの腹部に目を向けた。服が爪で引っ掻いた形に破けているが、血は染みていない。 「あ、あっぶねぇ......」 鬼本来の体の頑丈さに助けられ安心した。しかし、目の前の妖怪、猫又が危険であることに変わりはない。 「くぅ......一時撤退ニャ!! 」 「あ、待て!! 」 あんなに危険な猫又を野に放したら大変なことになる。逃げる猫又の背中をラシンは追いかけ始めた。 やがて猫又は路地から出て、人の目につく通りに出た。妖怪であることがバレないために、人間の姿に擬態しながら逃げていた。 しばらく追いかけっこを続けていると、猫又はいきなり別の路地へ入っていった。 「逃すかよ!! 」 ラシンは猫又が入っていった路地に突撃した。 そこでラシンは、猫又の卑劣な一面を垣間見た。 「う......ッ! 」 猫又は、白い杖をついた少年の後ろにぴったりとくっつき、その少年の細い首に自身の爪をあてがった。 「ち、近づくんじゃないニャ......変な動きをしたら、この人間をニャーが殺すことになるニャ! 」 少年はいきなりの出来事に怯えていた。ただでさえ非日常なことなのに、少年には目が見えないという恐怖も重なっている。 「な、何ですか? 何が起きてるんですか!? 」 「大人しくするんだニャ! じゃないと......じゃないと......」 猫又は、爪をあてがっている方の手が震え始めていた。そこからラシンはあることを読み取った。しかし、それを完全に理解する前に猫又は少年を離して、その場で高くジャンプし、建物に乗って走り始めてしまった。 「クソッ......大丈夫か? 」 盲目の少年の肩を持ち、優しく話しかけた。 「は、はい......あの、一人で歩けるので、もう大丈夫です......」 「そっか。気を付けて行けよ」 杖をつきながら帰っていく少年を見送ったあと、ラシンは焦りまくっていた。 「やっべぇッ!! 早く追いかけねぇと!! 」 ラシンには強靭な肉体と体力があっても、運動能力がない。猫又のように建物の上に登るなんてことはできなかった。 しかし、こんなことでは諦めなかった。 「......やるっきゃねぇよな」 ラシンは建物の壁から離れ、ある程度のところまで来て前傾姿勢になった。今から走り出しますというようなポーズだ。 「うし、やるぞ!! 」 思い切り助走をつけて、壁に向かって走り出した。そして丁度いいところで足を踏ん張り、建物の上めがけてジャンプした。 本来ならば届くはずがない高さである。しかし、酒呑童子を先祖に持つラシンの体は、奇跡を起こした。 なんと、建物の屋上に片手がかかったのだ。 「うおッし!! おらッ!! 」 あとは懸垂の要領で体を持ち上げ、勢いで屋上に身を転がした。 「や、やればできるもんだな」 そうつぶやいて、すぐに猫又が走っていった方向に走り始めた。かなりの時間が空いてしまったため遠くに逃げられているだろう。少しでも差を縮めるために、ラシンは全速力で走った。 一方猫又は、ラシンから逃げる最中に考え事をしていた。 (やっぱり、は傷つけられないニャ。そしたら、あいつらと同じに......) 走りながらブンブンと首を振った。 (ダメニャ。思い出しちゃうニャ......) やがて猫又は建物から降りた。その先は川沿いだった。左右の道に逃げることはできるが、今のラシンはすぐに追いついてしまうと考えた。 どうしようかと考えていると、建物の遠くからラシンの妖力を感じ始めた。 それに怖気づき後退りをしたところ、段差に足が引っかかって後ろ向きに倒れ、川に転落してしまった。 「うニャッ!! 」 バシャーンという音がして少し経つと、必死に水面から顔を出そうとする猫又の、声にもならない声が聞こえてきた。 (だ、ダメだニャ。思い出しちゃうニャ......ッ! )
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