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鬼の末裔
「......うわ、もうツノ伸びてきた」
放課後、家に帰って鏡を見る。髪の毛をわけて頭皮を見ると、そこには枝のように伸びているツノがあった。
「いっそアフロにでもすりゃあ隠せて楽なんだけどなぁ。んなことしたらマジモンの鬼だもんなぁ」
毎年夏になると、本人の意志とは関係なくツノが二本伸びてくる。3cmを超えてしまうと髪の毛で隠せなくなるので、定期的にツノを切らなければいけない。
「......」
こんなことになってしまっているのは、彼の家系が原因である。
彼の先祖を辿っていくと、最終的にあの有名な酒呑童子にまでたどり着くらしい。真偽は定かではないが。
「イヤになっちまうぜ」
洗面台のすぐそばに置いてあった私服に着替え、彼は出かけていった。
道中は特に不思議もない、普通の道路だ。近所に小学校と公園があるので、子供が走り回っている程度だが。
「オラァッ!! 近寄るな!! 」
声のする方を見てみると、そこには人だかりができていた。
人だかりの中心は、幼い少女を片手で抱えあげ、もう片方の手でナイフを突き立てている男だった。
「何だよ、あれ......」
走って駆け寄ると、母親と思しき女性が泣きながら周囲の人々に止められていた。
「いやぁやめてッ! アカリぃ!! 」
誰かがもう警察を呼んだらしい。であればあとは警察がやることだ。
自分に関係はない。
第一、警察以外の一般人が無理に助けに入って、あの子が死ぬほうがマズイことだろう。
「やめて! 誰かあの子を助けて!! 」
「......くッ! 」
彼の心に、母親の悲痛な叫び。そして、女の子の声にならない絶叫が刺さった。
「やるぞ? やるぞぉッ!! 」
暴漢は、今にも少女にナイフを刺しそうな勢いだ。
「ちょ、ちょッと待ったッ!! 」
彼は集団の少し前に出て、そう叫んだ。
やってしまった。警察が来るまで野次馬でもしていればいいものを。
男はそれに反応し、ナイフを女の子ではなく彼に向けた。
「テメェッ!! 近寄んじゃねぇっつったろ!! 」
「う、いや......」
あまりの迫力に気圧されてしまった。暴漢は凶器を自分に向けている。危険なのは女の子も彼も同じだった。
「クソがッ!! 邪魔すんじゃねぇよッ!! 」
すると暴漢はいきなり女の子を投げ捨て、ナイフを持って彼に突進を仕掛けてきた。
「ちょ」
驚く暇もなく、暴漢は彼の腹部にナイフを刺し込もうとした。しかし、ナイフはパキィンという音をたてて折れてしまった。
「......は? 」
今の『は? 』は暴漢と彼のものである。血が飛び散るはずであった暴漢と、激しい痛みが襲うはずだった彼。お互いに、予想もできない事態が起こっていた。
周囲の人々も実は、悲鳴をあげる準備をしていた。無関係な若者が悲惨な最後を迎えるのを、指を咥えて見ているつもりだった。
しかし彼は生きている。
「......え? 」
「て、テメェ! どうなってやがる!! 」
その空気を突き破るように、パトカーのサイレンが近づいてきた。
「チッ」
男はナイフの柄を捨てて走り出した。
「あ! 待てコラッ!! 」
ナイフを持たない暴漢など怖いものはない。彼は暴漢を捕まえるため、自分も走って追いかけていった。
どれだけ走っただろうか。暴漢は人間とは思えない体力をしていたが、それは余裕でついていく彼も同じことだった。
「チクショー、追跡はできるけど、追いつけねぇ! 」
しばらくすると、暴漢は路地裏にて止まった。行き止まりに当たったのだ。
「よし、観念しろ! 」
暴漢を捕まえようと構えると、暴漢はゆっくりと振り向いた。
その顔は、さっきとは打って違って生気がなく、白目を向いてヨダレを垂らしていた。
「うっ! ......どうなってる」
すると、頭上から声が聞こえた。
「妖怪一体......倒せばみんなに認めてもらえる」
その声の主は家屋の屋根から降りてきて、彼と暴漢の間に着地した。
「い、生霊め! 覚悟してください! 」
そういうと彼女は、胸ポケットから小瓶を出して、中の液体を両手に振りかけた。
「た、退治してやる!! 」
彼女は下手な構えを取ったが、足はガクガク震えている。
「うウウ、うガあああああ!! 」
人間とは思えない雄叫びをした暴漢に対して、彼女はかなりビビっていた。
「ひ、ひえええやっぱりムリぃいいいいい!! 」
そういうと彼女は、涙を垂れ流しながら暴漢とは反対の方向に逃げ始めた。
「フギャプッ! 」
すると彼女は、両手を上に上げた状態で見事に転んだ。スカートはめくれてしまい、クマのステッチが施された白いパンツが見えてしまっていた。
彼女は慌てて体を起こし、スカートの裾を両手で握ってパンツを隠した。
「み、見ないでくださいッ! 」
赤面し涙目で訴える彼女。
「え!?み、見てない見てない! 」
あわてて弁明をするが、それどころではなかった。暴漢は今にも突撃してきそうな感じで待機している。
「うがああああアああああッ!! 」
思った通り、暴漢はありったけのパワーを詰めたタックルを仕掛けてきた。彼は咄嗟に、後ろの彼女を守らなければと思って、暴漢を受け止める体勢を作った。
「うお! 重ッ! 」
タックルを受け止めると、体全体に衝撃が走った。明らかに人間のパワーではないのだ。まるで人形が無理やり動かされているような力だった。
「クッソぉおおお!! 」
彼はありったけのパワーを駆使し、暴漢を持ち上げた。そしてその場に打ち捨てた。
暴漢は衝撃で気を失った。
「はあ、はあ......」
「はわわわ! 早く退治しないと! 」
すると先程まで座り込んでいた彼女が、自分のポーチから何やら札のような物を取り出した。そしてそれを、のびている暴漢のおでこに貼り付けた。
ブツブツと何かを唱えたあと、彼女は叫んだ。
「滅ッ! 」
すると、暴漢の口から何か半透明のものが飛び出し、おでこに貼ってある札に吸収され、その札ごと消滅した。
「や、やった! 初めて妖怪を退治したぁ! 」
ピョンピョン跳ねながら喜ぶ様子は可愛いが、一連の出来事が突然すぎて彼は呆然と立ち尽くしていた。
その様子を察して、彼女は慌てて謝った。
「あ、あの、いきなり巻き込んでしまって、すみませんでした! 」
「え? ああ、それはいいんだけどさ、あんた何者なんだ? 」
そう聞くと彼女は、ハッとなって説明を始めた。
「そ、そうですよね、ごめんなさい......私はミオウ。倒魔師という、妖怪退治を生業とする一族の者です」
「はあ......全然退治できてなかったけど」
するとミオウは、暗い顔をしてうつむいた。
「......落ちこぼれなんです、私」
「......」
ミオウは自分のつらい過去について話し始めた。
「私、臆病でドジで、さっきの一体を滅するまで一回も妖怪を退治したことがないんです。だから家族からも蔑まれてて......」
話を続けていくにつれ、ミオウの表情はどんどん暗くなり、声が湿り気を帯びてきた。
ふと顔を見てみると、涙を流していた。垂れてくる涙を必死に拭って言った。
「すみません初対面の人に。こんなこと言われても、困りますよね」
「......わかる。その気持ち」
「......え? 」
すると彼は、自身の髪を両手でかき分け、ツノを見せた。
「このツノのせいで、小学校のころはすげぇイジメられてさ。親は気にすんなって言ってくれたけどな」
感傷的な雰囲気の中、彼はミオウの顔を見た。ミオウは、膝をガクガクとふるわせ、挙句の果てに立ったまま失禁した。
「へあッ?!! 」
目の前の美少女が突然失禁した事実に動揺を抑えられず、変な声を出してしまった。
ミオウは震える声で言った。
「つ、ツノってことは......そんなまさか......いや......」
「え? 鬼ってなんかマズいのか? 」
ミオウは自分の真下にできた水たまりに座り込み、話し始めた。
「お、鬼は......妖怪の中でもトップクラスの強さで......お父さんに報告しないと」
「ちょちょちょ待てって! 別に悪いことしてるわけじゃないだろ!? 」
するとミオウは、さっきよりも大粒の涙を流し始めた。
「あ、あなたがいい人なのは、私も承知です。でも、報告しないとみんなが、私を非難します、きっと。なんで鬼なんて放っておいたんだって......」
「......そういうことか」
彼はそれを聞くと、ミオウの元にしゃがんだ。
「案内してくれ。お前の家に。俺が無害な鬼だってことを証明してやる」
ミオウはそんなことできないと最初は思った。しかし、この人ならばそれを実現できるだろうというような謎の自身がでていた。
「......あなたの、お名前は? 」
すると彼は立ち上がり、自分に自分の親指を向けて自己紹介をした。
「鬼頭 ラシン」
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