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それからの事はよく覚えていない。気が付いたら見知らぬ部屋にいて、スザンヌという少女に介抱されていた。そこはスザンヌの自宅であり、森で彼女に拾われたのだと説明される。スザンヌは行く宛てがなく困っている聖愛に住処と職を提供してくれて、聖愛はスザンヌの侍女として働き始めた。それが、一年ほど前になる。
要するに、スマートフォンと一緒に聖モンの居る世界にトリップしてきてしまったのだ。それを理解して、はぁとため息を着く。だが実際に見て触れられる聖モンは素晴らしくて元の世界に戻りたいなんて思いはすぐに無くなった。
スザンヌも良い娘だった。慈悲深く、優しく、そして愛らしい。そんな彼女は家の中で不遇な扱いを受けていて、それを見る度に心が傷んだ。同時にこの家からいつかこの娘を連れ出したいと思うようになっていた。
聖愛はその頃にはもうすっかりスザンヌに心酔していた。一挙一動が愛おしい。だからスザンヌをぞんざいに扱うルドルフとかいう婚約者も、そのルドルフをスザンヌから奪おうとしているエリカという女も聖愛にとっては邪魔だった。だが相手は王族と貴族だし下手に手出はできない、なによりスザンヌがそんなこと望まない。だから聖愛はただひたすら侍女としてスザンヌのメンタルケアに務めることにした。
その結果がこれだ。スザンヌが火刑に処されると聞いた時、全身の血が抜けたような感覚を覚えた。その場に立っていられなくてしゃがみ込んだ聖愛は強く決意した。逃げるなら今だと。スザンヌと共に逃げようと。
そして、スザンヌの処刑を阻止すべく聖愛は全力で動いた。といってそれはそこまで難しいことではなかった。聖愛は聖モンのアプリの中の【冒険者】の権能と【錬金術師】の権能をそのまま身につけていたのだ。意識せずとも歩けるように、意識せずに薬草の見分けが出来、剣が振るえて、最高級のポーションまで作れる。オマケにスマートフォンのアプリケーションも役に立つものばかりだ。【検索エンジン】のアプリは調べたいことをだいたい調べられるし、分からない言語は【翻訳】アプリ、【地図】アプリでダンジョンも迷わない。エリカの悪行の数々も【カメラ】アプリで証拠として残してある。なんて便利なスマートフォン。スザンヌは薄っぺらい板一枚で様々なことをする聖愛に感心して楽しそうに笑ってくれていたから聖愛も嬉しかった。
火刑は予定通り阻止できた。空が曇ったのも聖愛にだけ光が差したのも雨が降ったのも、全て天候を操る聖モンを使っての自己演出だったが、よく効いてくれた。聴聞官がとち狂って火を投げ込んだ時は驚愕したが、幸い傷一つ着くことなくスザンヌは無事だった。
しかしスザンヌは既に家を追い出された身である。そして聖愛も解雇された身である。
自分が生きていることがまだ信じられないと言いたげな様子のスザンヌに、聖愛は問う。
「これを機に、アタシと生きていきませんか? 贅沢は約束出来なくても、きっと幸せにしてみせます。お嬢様に救っていただいたご恩を返させてください」
スザンヌはまだ呆けていたが、聖愛の言葉にこちらを見る。
「……私と、生きてくださるのですか? マリア……」
「勿論ですスザンヌ様。新しい土地に行き、新しい生活を始めましょう」
「……私は、赦されたのでしょうか」
「お嬢様は罪を犯したことが無いと亡き母君に誓えるでしょう? 赦されなければいけない罪など最初から無かったのですよ」
マリアがそう言えば、スザンヌはまた泣いた。静かに涙を零しながらも聖愛と共に生きると誓ってくれた。だから聖愛は遠慮無く、新生活を始めることにした。
これは、聖獣の花嫁として選ばれてしまった零細Vライバーがお嬢様への恩を返しながら異世界で生きていく物語である。
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