1話:断罪イベントは蹴り飛ばせ

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「何者だ!」 「梦視侘(ゆめみた)聖愛(まりあ)と申します——お嬢様から“マリア=ファンタスタ”と名をもらった者です。しかし今は、一介の市民に過ぎません」 「教会の決定に異を唱えるのか!?」 「はい。スザンヌ様は何も過ちを犯しておりません。彼女が本当に噂通りの悪女であり、その悪女が処刑されるのだとしたら、どうして空はこんなに曇っているのでしょうか。今迄大罪人が処刑された時、空はからりと晴れた晴天ばかりでした。それなのに今日は今にも雨が降り出しそうで……まるで、無実の乙女が汚名を着せられ殺されるのを神が嘆いているようにアタシには見えます」  言われて、皆が空を見る。たしかに今日は曇天。今もゴロゴロと雷が鳴り始めて、雨だって降りそうだ。  処刑を見に来ていた民衆にざわめきが広がる。司祭様が「静粛に!!」と叫んでも、そのざわめきが収まることは無い。  私は処刑台の上からマリアを見た。マリアはニコッと微笑んで、再び聴聞官を睨みつける。 「神はこの処刑に異を唱えております。アタシではありません、神が異を唱えていらっしゃるのです。神は全てを見ています。エリカ嬢がルドルフ殿下に東洋の媚薬を投与し続け自分に好意を向けさせたことも、虚偽の悪事を吹聴したことも、そしてスザンヌ様の一番大切なものを愚弄したことも、全てを見ています」 「黙りなさいよあんた!!」  淡々と、しかしよく通る声で告げるマリアに、観覧席に居たエリカが叫ぶ。しかしマリアはそれを鼻で笑った。 「エリカ嬢、アナタが薬を買い付けている東洋人に話を聴いてきました。相当に薬を買い込んでいるようで……そしてそれを、ビスチェの胸のパットの中に隠していらっしゃるんですってね。間抜けな隠し場所ですね、確かに誰も見ようとはしない、でも下着に薬を隠すなんて、次期国王様の婚約者様は随分な恥知らずのようで」 「誰からあの子を黙らせなさい!!」 「黙るのはアンタよエリカ!」  マリアはキツイ声で言い返す。思わず黙ったエリカに、マリアは言い募った。 「司祭様、試しにエリカを処刑台に乗せてみてください。空はたちまちに晴れて快晴となるでしょう。何故なら正しく処刑されるべき乙女はスザンヌではないのだから」  ゴロゴロと、空で雷が鳴っている。広場にいた皆が、マリアの姿から目を離せなかった。彼女はスタスタと歩いて行くと司祭様の前で止まり、壇上の彼を見上げる。 「さぁどうしますか司祭様。罪なき乙女を火で炙り、過ちを犯しますか? それとも己の間違いを認め処刑を取り止めますか? 間違いを犯したアナタを、神は決して赦さないでしょう。よくお考えになってください、どちらが正しいか」  司祭様がグッと押し黙る。キンキンと叫び続けるエリカを無視して、マリアは今度は私の方に歩いてきた。  雲が割れる。日が差し込む。それは劇場の舞台のスポットライトのように一筋の光となってマリアを照らした。マリアの元に、空から何かが降り立つ。それは冷気を纏った銀色の毛並みの美しい雪豹のような獣だった。ざわめきが再び起こる。その中でも、マリアは平生通りだった。 「それでももし、スザンヌがまだ悪女だと人々が疑うのであれば、彼女の身柄はアタシが預かりましょう。アタシが正しく彼女を導き、償わなければならぬ罪があるのならばその身の行いで償わせましょう。  アタシはマリア。神々の聖獣(セイクレッドモンスター)の寵愛を受けし虚飾の花嫁。神の望む“正しき裁き”のために、アタシは力を使うことをここに誓いましょう」  私はあっと声が出そうになった。  マリアが神々の聖獣(セイクレッドモンスター)の力を借りることが出来る娘であることは知っていた。だがマリアはそれをひた隠しにしていたのだ。それを誰かに知られてしまえば、政治や戦争に利用しようとする人間が現れるから。だからこれは二人だけの秘密にしてくださいと彼女は私に懇願して、勿論私は秘密にしていた。だが今彼女は、自らその秘密を打ち明けた。他ならぬ私のために。私を、無実の罪から救うために。
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