選ばれない男

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『〇〇ちゃん、好き』 『えー、穂高くんより皐月くんがいい!』 小さい頃からこのやりとりを何度した事か。 俺は選ばれない男だった。 そして選ばれるのは必ず皐月。 悔しくて悔しくて、皐月に勝とうと昔の俺は必死だった。 でも天は二物も三物も与えるようで、皐月はとにかく全てに秀でていた。 外見がいいだけでなく、勉強もできるし運動もできる。 優しくて穏やかな性格。 みんなの憧れの的。 それに対して俺は先にも言った通りの平均以下の地味顔で平均の頭脳に運動も平均的にしかできない。 俺は皐月が大っ嫌いだった。 小学校の時はイライラの解消法がわからず、紙に皐月の嫌いなところを箇条書きにした事もある。 とにかく嫌なやつだと思っていた。 『穂高が好きです。付き合ってください!』 中学卒業の時、生まれて初めて告白された。 俺を初めて選んだのは、選ばれる男・皐月だった。 なんで俺?って思った。 だって俺は、本当に誰からも選ばれない存在。 でも皐月は。 『ずっと穂高だけが好きだった。他の誰もいらない。付き合ってください!』 真っ赤な顔でそう言った。 確かに皐月は誰から告白されても頷いた事が一度もなかった。 俺は初めて選ばれたのが嬉しくて…頷いた。 『いいよ』 皐月は天にも昇るような喜び方をした。 でもその時、俺の中にあった考えは、最悪だった。 『めちゃくちゃ振り回して、こっぴどく振ってやろう』 そう思っていた。 俺が選ばれない男である理由はこの辺にある、絶対。 だけど。 「穂高! 宿題一緒にやろ」 「穂高、次の休み…」 「穂高!」 「穂高の好きなあのテレビ番組…」 「穂高? どうしたの?」 こいつ、付き合ったらすごく可愛いかった。 飼い主にめちゃくちゃ懐いているわんこみたいで、とにかく俺をめいっぱい力いっぱい愛してくれる。 なんだかそれが心地好くなって、振り回そうって気持ちも萎えてしまった。 気が付いたら、こっぴどく振るなんてできないくらい、俺も皐月を好きになっていた。 あんなに嫌いだった皐月が、好きでどうしようもない。 そばに皐月がいない事が考えられない。 でも俺はそれをうまく伝えられなくて、皐月に冷たくしてしまう。 もっと皐月がくれる愛情に対して、俺が皐月に感じている愛情をしっかり返したいのに。 素直になれない。 やっぱり俺は選ばれなくて当然な男だ。 そんな男と弁当を一緒に食べているだけでものすごく幸せそうな皐月。 「穂高? どうしたの?」 「別に。なんでもいいだろ」 またこういう言い方してるし…。 毎晩、なんであんな事言っちゃったんだろうって唸って後悔するくらいなら、いつでも素直に気持ちを伝えればいいのに。 ほんとにどうしようもないやつだ、俺って。 どうしたら素直になれるんだろう。 「穂高」 「? なに」 口元にウィンナーを差し出される。 「はい、あーん」 「………」 俺の好きなウィンナー。 「いらない。自分で食えよ」 ふいっと顔を背ける。 またやってしまった。 周りの目もあるから、素直に『あーん』なんてできないし、それに…。 「…皐月だってウィンナー好きだろ」 言葉を付け足して、俺の弁当箱からウィンナーをひとつ皐月の弁当箱に移す。 ちらりと皐月を見ると、しっぽぶんぶん振ってる。 めちゃくちゃ嬉しいって顔でひとつ頷いて俺のあげたウィンナーを食べる。 「ありがとう、穂高」 ウィンナーが嬉しいんじゃなくて、俺の言葉と気持ちが嬉しいのは俺にだってわかる。 俺が素直になれば皐月はもっともっと笑顔になる。 わかっているのに。 「皐月、先帰ってていいよ」 「やだ、待ってるよ。穂高と一緒に帰りたい」 「……」 日誌を書く俺を待つ皐月。 ありがとう…言え、俺。 「……ぁ」 「そういえば」 絞り出そうとした声は遮られてしまった。 「…なに」 「穂高、N大受けようかなって思ってるんでしょ?」 「なんで知ってんの」 「朝、香澄さんに聞いた」 「そう…で、それが?」 嫌な予感。 「俺も同じとこにする」 やっぱり。 「そういう適当な決め方すんなよ」 同じ大学に通えたら嬉しいのに、こういう言い方しかできない。 でも、皐月には、俺に合わせるんじゃなくて、自分に合った道を歩んで欲しいとも思っている。 「適当じゃないよ。真剣に考えて、穂高と一緒のところを受けたいって思ったんだ」 「俺と一緒ってとこが適当だって言ってんだよ。それに朝聞いてまだ放課後だぞ。全然真剣じゃないだろ」 やめとけ。 絶対めちゃくちゃ後悔するのわかってるのに、止まらない。 「なんで? 俺は一生懸命考えたよ?」 「考えてねえだろ。皐月、俺がいなかったらN大にしないだろ」 「…それは、そう…だけど」 俺が溜め息を吐くと、皐月がびくっとする。 「皐月ならもっと上の大学受けられるだろ。頭の悪い俺に合わせる必要なんてないんだよ」 「穂高は頭悪くなんてないよ!」 「…そういうのいいから。自分の事は自分が一番わかってる」 どうしたらこんな言い方せずに、皐月は皐月の行きたい大学で、やりたい事をやって欲しいって上手に言えるんだろう。 頭の中では言えるのに、口にしようとするとこんな嫌な言い方になってしまう。 皐月が俺といたいって思ってくれてる事、ほんとに嬉しいって言わないと。 もうじき高三になるって言うのに、好きなやつに素直になれない子どものまま。 「…穂高は俺といたいって思わない? …やっぱり俺だけが好きなの…?」 「皐月…?」 俺“だけ“ってなんだ。 「穂高、俺の事嫌いだったの知ってる…でも付き合ってくれたから、少しは好きになってくれたのかなって思ったんだけど…」 皐月に嫌いだなんて言った事ない。 子どもの頃だって、一言も言わなかった。 確かに昔は大嫌いだったけど、今は皐月の事…。 「さつ…」 「ごめん、俺の事…もしかしてずっと嫌なままだった…?」 「ちが」 「気付かなくてごめん! 俺、…穂高が好きで、そばにいたくて…っ」 皐月の綺麗な顔がくしゃくしゃに歪む。 くしゃくしゃでもやっぱり整っていて、さすがだなと思ってしまった…そんな事を考えてる場合じゃないのに。 「ごめん、やっぱ先帰る…!」 「皐月!」 俺の呼び止める声を振り切って、皐月は走って教室を出て行ってしまう。 追いかけようと思っても、足の速い皐月が本気で走ったら平均点の俺が追い付けるはずもなく。 帰りに皐月の家に寄ろうと思って自分の席に戻り、急いで日誌を書いた。 「…出ない」 帰りに隣の野村家のインターホンを押すけれど、皐月は出ない。 栞さんと義さんは仕事だから、皐月が出てくれなければ誰もドアを開けてくれない。 しょうがないので帰宅して自室でベッドに横になり、いつものように後悔に襲われて唸る。 いや、今日の後悔はいつもの倍以上大きい。 あんな顔させたかったんじゃないのに…。 一晩中後悔し続けた。
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