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選ばれない男
…ほだか…
「……」
……ほだか…ほだか……
「……ん…?」
誰かが俺の名前を呼んでる。
誰だ。
すごく心地好い声。
「穂高!」
「!!」
布団をはがされて目を開ける。
「おはよ、起きて。ご飯できてるって」
「……皐月…」
こいつか……いや、こいつしかいないか。
朝なのに元気だ。
そしてこんな早朝でも整った顔をしている。
たまには顔崩れないのか。
「顔洗ってきて。着替え出しとくから」
「…うん」
言われた通り顔を洗って部屋に戻るとシャツとか靴下とか制服とか、着替え一式用意されてる。
「ほら、着替えて」
「うん…皐月、出てて」
「なんで?」
「…なんでって…」
「早く早く!」
そう言ってパジャマを脱がされる。
仕方なく着替えるけど、なんか、な…。
「ネクタイ曲がってる」
部屋から出る前に皐月が俺のネクタイを直してくれる。
「いいって」
「よくないよ」
「……」
ふたりで一階に下りてテーブルにつく。
皐月と俺でいただきますをして朝食を食べる。
「…皐月、なんで自分の家で食べないの?」
「だって香澄さんが、『うちで食べていいよ』って言ってくれたから…あ、穂高、ケチャップついてる」
皐月が俺の口元を指で拭う。
「ごめんね、手のかかる子で」
“香澄さん”こと、俺の母親は皐月に謝りながらぱたぱた動き回る。
「いえ。穂高のこういうとこ、ほんと可愛いから」
「そんな事言ってくれるの、皐月くんだけよー」
「……」
黙って食べる。
「栞さんは義さんと一緒に出勤したんでしょう?」
「はい」
「朝はバタバタしてるみたいだから、皐月くんは穂高と一緒にうちで朝食食べればいいよ」
「ありがとうございます」
“栞さん”は皐月のお母さんで“義さん”は皐月のお父さん。
共働きで、同じ会社に勤めている。
ちなみに俺の母親は週三日パートに行っていて、父親の昇は皐月のご両親と同じく会社勤め。
俺の中西家と皐月の野村家は家が隣同士で親同士も仲がいい。
そして幼なじみの皐月とは同い年で、同じ高校…腐れ縁と言うと皐月は怒る。
ついでに言えば、野村家は全員顔立ちが整っている。
美形一家と言っても言い過ぎじゃない。
「穂高も皐月くんみたいに整った顔立ちしてれば、彼女のひとりやふたり、すぐできたんでしょうね…」
「………」
しょうがないじゃん。
俺は両親とも平凡な顔立ちで、俺は平均点以下のかなりの地味顔。
皐月や皐月のご両親が整い過ぎなんだと思う。
「穂高はこのままですごく魅力的ですよ」
「……皐月くん、穂高のお嫁さんにならない?」
「母さん…」
「俺は穂高をお嫁さんにしたいですね」
「いいよ、もらってちょうだい」
……。
「ごちそーさま」
これは逃げるのが一番よさそう。
俺が椅子を立つと、皐月も立ち上がる。
食べ終わった食器を片付けていると、俺の母親がちょっと離れた場所に行った隙に皐月が俺の耳元に顔を寄せる。
「これって親公認って事だよね?」
嬉しそうな声。
「……早く学校行こ」
「待って、穂高」
俺のあとを慌ててついてくる皐月。
「いってきます」
皐月とふたりで俺の家を出て、学校までの道を歩く。
俺と皐月の通う高校へは徒歩で通学。
俺が朝ゆっくり寝られるからここにするって決めたら、皐月は『穂高が行く高校に行く』と言ってふたりで同じところを受験した。
皐月ならもっと上の高校を受験しても受かったはずなのに。
一年の時はクラスが別れて、皐月はこの世の終わりみたいな顔していた。
二年で同じクラスになり、その時はこの世の幸せ独り占めみたいな顔してた。
そしてもうじき三年。
二年から三年に上がる時はクラス替えがないので、皐月とはあと一年同じ教室で学ぶ。
でもその先は…。
「おはよう、野村くん」
「おはよう」
皐月は色んな生徒から声をかけられる。
特に女子。
できたらお近づきになりたいと思ってるんだろう。
そんな女子達には俺が邪魔なのもよくわかってる。
「野村くん、また中西くんと一緒に登校してる…」
こそこそ言われるのももう慣れた。
「いっぱい嫉妬されてるね、穂高」
「誰のせいだ」
「俺のせい。責任取って一生そばにいるから安心して」
「……」
手を握られそうになって慌てて手を隠す。
「…皐月」
「ごめん…俺の穂高を自慢したくて」
「そういうのは…」
「うん、帰ってからにする」
そう言って俺の手の甲をつついた。
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