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「透、髪乾かしてあげる」
「いい。自分でできる」
またやってしまった。
なんでああなっちゃうんだろう。
断ったにも関わらず志築は俺の髪をドライヤーで乾かし始める。
「自分でできるよ」
「いいから」
「……」
よくもまあ、『好き』だの『好きって言って』だの次から次へと言えるよな、と自分の口から出た事なのに信じられない。
そんな恥ずかしい事、普段は絶対口にできない。
「透は髪型変えないの? 俺が行ってる美容院、今度一緒に行こうか」
「…そういうとこ、苦手だから」
「俺がそばにいるから大丈夫だよ」
「それでも嫌」
「そう…」
志築と俺は別人種なんだから無理なものは無理。
近所の行き慣れた千五百円カットで十分。
そこならほとんど話しかけられないし。
志築があの言葉でおかしなスイッチが入るのは、思うように自分を褒めてくれない俺を屈服させたいからなんだろうな。
志築はかっこいいと思う。
でもよくわからないのも本当。
わからない事は考える。
考え始めるとどんどん深みにはまって、『かっこいいってどういう事?』ってなってしまう。
目鼻立ちが整っていて、目立つ人がかっこいいって事なのかな。
その人を取り巻く空気がキラキラしてるのがかっこいい人なのかな。
みんなが振り返るのがかっこいい?
顔だけじゃなくて、スタイルがいいのもかっこいいの要素?
それ、全部志築だけど。
つまり志築はかっこいい。
志築の顔をじっと見てみる。
「なに?」
「……」
「透も髪セットしてあげようか」
「いらない」
かっこいいのは確か。
「志築、」
「なに?」
「他の子のとこ行きたくなったらいつでも行っていいからね」
洗面室に志築を置いて先にリビングに戻る。
…俺がつり合ってないのも確か。
だから俺はいつでもベッドでしか素直になれない。
怖いから。
ベッドの中じゃないと“知颯”と呼ぶ事さえできない。
ばかみたいに志築が好き。
他の子のところになんて行かれたら絶対泣き喚くのに、それなのにいつもこういう事言っちゃう。
俺ってほんとどうしようもない。
「透? 行こっか」
「あ、うん」
ぼんやりしているうちに志築の準備が終わっていた。
今日はふたりの休みが重なったので出かける約束をしている。
もう昼だけど。
のんびり出かけてなにをするでもなく並んで歩く。
幸せだけど、ちょっと辛い。
「お腹すいたから先にお昼食べようか」
「うん…」
「透はなに食べたい?」
「志築の食べたいものでいいよ」
「ん。じゃここにしよ」
志築なら絶対おしゃれなお店に入りたいはずなのに、こういう時に選ぶのはファミレスとかファストフードとか、俺が好むお店。
今日はハンバーガー。
「……」
「透は他のお店がいい?」
「ううん、ここがいい」
「じゃあ入ろ」
「うん…」
志築に我慢させてるんじゃないのかな。
自分がイケメンだっていうのにかなり自信を持ってたって言うくらいなんだから、それに見合った生活をしたいはず。
それなのに、俺がそばにいるとそれがガタガタ。
志築が俺を求めてきたんだけど、でも頷いたのは俺だ。
あの時、頷いたのは間違いだったのかもしれない。
志築は別の誰かを求めるべきだったんじゃないのか。
「透? おいしくない?」
志築が心配そうに俺の顔を覗き込むので、慌ててハンバーガーを食べる。
「おいしいよ」
「そう? 無理しないでね」
「……」
無理してるのは志築じゃないの?
言いたくて言えなくて、ハンバーガーと一緒に言葉を飲み込んだ。
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