かっこよくて怖い人

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「……わかった。好きにしていいから、早く終わらせて」 「小野崎?」 「早く志築のとこ帰りたいから、早くして」 「俺に抱かれた小野崎を、知颯は受け入れるかな?」 「……」 そんなのわかんないよ。 でも受け入れてくれなくても早く志築のところに帰りたい。 「まあ、知颯が小野崎を拒絶するならもっと好都合。そのまま俺のものにするし、」 「……」 「そうじゃなくても俺のものにする」 「…っ」 ジーンズと下着を脱がされて身体が強張る。 覚悟を決めてもやっぱり怖い。 ぎゅっと目を瞑ると同時にインターホンが鳴って、玄関のドアがガンッと音を立てた。 「!?」 「なんだよ…」 続けてガンッガンッとドアを蹴っているような音がする。 すごい音で、このままだとドアが壊れそう。 今川くんが俺の頬にキスをしてから溜め息を吐いて玄関に向かう。 もしかして…っていうか絶対そう。 身体を起こして玄関のほうを見ると、今川くんがドアを開けるのと同時に吹っ飛ばされた。 「いってえ…」 「透!!」 「知颯…!」 靴も脱がずに室内に入ってきたスーツ姿の知颯は俺の姿を見ると目の色が変わった。 玄関先で座り込んでこちらを見ている今川くんのところに行って掴みかかる。 「雅臣(まさおみ)? なにしたの? 透になにした? なあ、どういう事?」 「見りゃわかるだろ。もうちょっとだったんだけどな」 悪びれない今川くんを殴ろうとするので慌てて止める。 「知颯! 俺、大丈夫だから…!」 「…ほんとに? ほんとに大丈夫?」 「うん」 知颯が俺の頬に触れる。 俺より知颯のほうが傷付いた表情をしている。 「優しいなー小野崎。やっぱ俺のものになってよ」 「雅臣。消えてくれる? ほんとに。今すぐ消えて」 「やだよ」 今川くんは、はぁ…と大きく溜め息を吐く。 「あーあ、せっかく小野崎が抱いていいって言ってくれたとこだったのに。知颯、タイミング悪過ぎ」 「……どういう事?」 知颯が俺の顔を凝視するので居心地が悪くて視線を逸らす。 俺が言ったのは確かだから、否定するのはおかしい。 「好きにしていいからさっさと終わらせてって。早く知颯のとこ帰りたいからってさ。健気だね」 「……」 「ま、抱いたあとに帰すつもりなんてなかったけど」 「っ…」 言葉が詰まる。 好きにしていいと言ったのは俺だ。 それなのに涙が溢れてきて頬を伝った。 俺が泣くのはおかしいのに。 でも今川くんは帰すつもりはなかったって言った。 嗚咽を堪えたら知颯が優しくキスをくれて、今川くんの胸倉を掴んでそのまま窓際に連れて行った。 窓を開けてベランダの手すりに今川くんの身体をぐいぐい押し付ける。 「な、雅臣。飛ぼうか。今すぐ。ここから」 「知颯!」 「はあ?」 ここは五階だ。 そんな事したら大怪我か、下手したら…。 今川くんも焦った顔をしている。 「知颯、俺はほんとに大丈夫だからやめて!」 「雅臣、飛ぼう? 飛べるよな? そんなの平気だろ? 透がすごく傷付いたんだ。雅臣はそれ以上に痛い思いするべきだろ? なあ?」 知颯がおかしい。 どうしよう。 「知颯! お願い、キスして。今すぐ」 「うん」 知颯は今川くんをあっさり離して俺のところに小走りで寄ってくる。 さっきの言動が嘘のような優しいキスをくれて、それからぎゅっと抱き締められた。 「もう一回していい?」 「うん、して」 もう一度唇が重なる。 瞼を上げると、知颯の向こうで今川くんがほっとした顔でずるずるとベランダに座り込むのが見えた。 「下着履こうな。ほんとに大丈夫?」 「うん。大丈夫」 知颯が下着とジーンズを拾って履かせてくれる。 「帰ろう、透。こんなとこ、いちゃだめだ」 「…うん」 「帰るのはいーけどさ」 知颯に手を引かれて今川くんの部屋から出ようとしたところで今川くんが座り込んだまま声を上げた。 「なに?」 知颯がまた怖い顔になる。 「小野崎はまた不安とか心配ごととか色々ひとりで抱え込むわけ? 知颯はそれに気付かないでへらへらしてて。そんな関係続けるなら、小野崎、ほんとに俺のとこ来いよ」 「不安とか心配ごと? 透、なにかあるの?」 「それは…」 なにもそれを蒸し返さなくてもいいのに…。 言葉に詰まる俺を、知颯と今川くんがじっと見てる。 「透?」 「小野崎、言われなきゃわかんないやつは一生そのままだよ? それでいいの?」 それでいいのか。 そんなの決まってる。 「ごめん。知颯」 知颯が固まる。 「黙ってた事、ほんとにごめん。でも俺は知颯じゃないとだめだから、お願いだから捨てないで…」 それから今川くんを見る。 「今川くんも、ごめん。今川くんじゃだめなんだ」 「知ってる。でも諦めない」 「諦めて」 「やだ」 「今川くんにはもっといい人いるよ」 「俺は小野崎がいい」 どうしたものかと思っていたら知颯に肩に担ぎ上げられた。 「え…知颯?」 「雅臣なんてほっといて早く帰ろ」 「自分で歩けるよ」 「……」 俺の言葉を無視して知颯はそのまま今川くんの部屋を出る。 すれ違う人がみんな見てるから恥ずかしい。 下ろしてって何度言っても下ろしてくれない。 大通りでタクシーに押し込まれて、自宅マンションに帰った。
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