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きみをください
「注文してもいいですか?」
「は、はい」
「きみをください」
「……」
ここは定食屋です。
◇◆◇
いつも通り賑やかなランチタイム。
そしていつも通り、爽やかなイケメンがひとりで上品に焼き魚定食を食べている。
おしゃれなレストランが似合うその人は、ある日ふらりとやって来てから平日毎日うちにランチを食べに来る。
最初はすごく浮いていたし、常連のお客さまもすごく見ていたけど、毎日なのでむしろもうこの方も常連になってきていてみんなびっくりしなくなった。
「ごちそうさまでした」
いつも会計の時にそう言って店を出て行く後ろ姿がかっこいい。
スーツがすごくよく似合って、成人式くらいでしかスーツなんて着た事がない俺には眩しく映る。
そうでなくてもあの人は眩しいくらいのイケメンなんだけど。
いつも定食屋のユニフォームを着ている俺はなんとなく引け目を感じてしまう。
この仕事にはやりがいを感じてるし、好きだからやってる。
なにより俺に合っているから続けられている。
でもやっぱりスーツ姿の男の人はかっこいいなって感じるんだ。
お客さまも落ち着いてきた。
ランチタイムが終わる時間なのでメニューの片付けをする。
「橋本くん、休憩入っていいよ」
「はい。ありがとうございます」
店主の一さんに言われて、ランチメニューをまとめて片付けてから厨房の隅においてある丸椅子に座ってひとつ伸びをする。
今日も忙しかった。
この辺りはビジネス街だからランチタイムはとにかく店が混雑する。
その中でもやっぱりあの男性は一際目立つ存在ではある。
「はい、まかない」
「ありがとうございます。あれ、今日とんかつ余ったんですか?」
「そう。もっと出るかと思ったんだけどね」
「へえ…」
そんな日もあるんだ…まかないはとんかつだ。
食べ始めたところで店の入り口のドアが開く音がした。
遅いランチのお客さまかな。
「すみません」
あれ、この声って。
「はい」
俺は休憩中なのでアルバイトの女性が対応してくれる。
ちらっと覗いてみると、あのイケメンさんだ。
「あれ、いつもの男の子は?」
「男の子? …ああ、橋本ですか? 休憩中です。よろしければ代わりに伺いますが」
「橋本くんって言うんだ、あの子。……そう、ありがとう」
そう言ってイケメンさんは微笑んで店を出て行った。
俺に用事?
なんだろう。
なにか失礼があっただろうか。
特になにかした覚えはないけれど、気付かないうちに不快な思いをさせていたら申し訳ないな、と思いながらちょっと考える。
「……」
やっぱりなにもしていないはず。
ほんとになんだろう…?
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