64人が本棚に入れています
本棚に追加
◇◆◇
翌日、あのイケメンさんはまた来てくれた。
空いた席にイケメンさんが座ったところですぐに席に向かう。
「あ、ごめんなさい。まだ…」
「いえ、注文じゃなくて…」
「?」
注文を取りに来たと思われたらしい。
俺が慌てて違うと言うと、イケメンさんは疑問符を浮かべる。
「あの、なにか失礼をしてしまったかと思って…」
「え?」
「昨日、お…僕を訪ねて来られたみたいなので、なにか失礼があったかと…すみませんでした」
ひとつ頭を下げる。
それからまた仕事に戻ろうとしたら。
「注文してもいいですか?」
イケメンさんに呼び止められた。
「は、はい」
オーダー伝票を手にして、注文を書き留めるためにペンを持つ。
「きみをください」
「……」
素直に言われた通り“きみ”と書こうとして手を止める。
「きみを、ください」
もう一度、ゆっくりわかりやすく聞き間違えのないように言われる。
いや、さっきのも聞き間違えてないですけど。
「どうですか?」
「……え?」
どうですか、ってなにが?
イケメンさんはじっと俺の顔を見ている。
そんなに見られるほど珍しい顔じゃない。
どこにでも転がっているような平凡な顔だ。
「えっと…?」
「俺は深山結人です。橋本くんの下の名前を教えてもらってもいいですか?」
「……啓真です」
「啓真くん…」
俺の名前をなんだかすごく大切そうに呟いてから、深山さんは微笑む。
「今日は唐揚げ定食をお願いします」
「は、はい。かしこまりました!」
そうだ、今は仕事中だった。
すっかり深山さんに引き込まれていた。
注文をオーダー伝票に書き込んで厨房に通す。
頭の中では深山さんの言葉がぐるぐるぐるぐる。
『きみをください』
なんなんだろう、あの人。
そのあと、深山さんからはいつも通りの『ごちそうさまでした』以外、なにも話しかけられなかった。
最初のコメントを投稿しよう!