きみをください

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◇◆◇ 翌日、あのイケメンさんはまた来てくれた。 空いた席にイケメンさんが座ったところですぐに席に向かう。 「あ、ごめんなさい。まだ…」 「いえ、注文じゃなくて…」 「?」 注文を取りに来たと思われたらしい。 俺が慌てて違うと言うと、イケメンさんは疑問符を浮かべる。 「あの、なにか失礼をしてしまったかと思って…」 「え?」 「昨日、お…僕を訪ねて来られたみたいなので、なにか失礼があったかと…すみませんでした」 ひとつ頭を下げる。 それからまた仕事に戻ろうとしたら。 「注文してもいいですか?」 イケメンさんに呼び止められた。 「は、はい」 オーダー伝票を手にして、注文を書き留めるためにペンを持つ。 「きみをください」 「……」 素直に言われた通り“きみ”と書こうとして手を止める。 「きみを、ください」 もう一度、ゆっくりわかりやすく聞き間違えのないように言われる。 いや、さっきのも聞き間違えてないですけど。 「どうですか?」 「……え?」 どうですか、ってなにが? イケメンさんはじっと俺の顔を見ている。 そんなに見られるほど珍しい顔じゃない。 どこにでも転がっているような平凡な顔だ。 「えっと…?」 「俺は深山(みやま)結人(ゆいと)です。橋本くんの下の名前を教えてもらってもいいですか?」 「……啓真(けいま)です」 「啓真くん…」 俺の名前をなんだかすごく大切そうに呟いてから、深山さんは微笑む。 「今日は唐揚げ定食をお願いします」 「は、はい。かしこまりました!」 そうだ、今は仕事中だった。 すっかり深山さんに引き込まれていた。 注文をオーダー伝票に書き込んで厨房に通す。 頭の中では深山さんの言葉がぐるぐるぐるぐる。 『きみをください』 なんなんだろう、あの人。 そのあと、深山さんからはいつも通りの『ごちそうさまでした』以外、なにも話しかけられなかった。
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