きみをください

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◇◆◇ 「お疲れさまでした」 店を出て、さあ帰ろうと思って足を止める。 連絡したほうがいいんだろうか。 でも今までなにもなかったし、わざわざ来てもらう事もない。 このままひとりで帰ろう。 「啓真」 「ひっ」 暗闇から呼び止められて変な声が出た。 振り返ると結人さんがいる。 「俺に連絡しないで帰ろうとしたね?」 「えっと……だって、わざわざ送ってもらわなくても大丈夫ですし…」 「連絡してって言ったよね?」 「……ごめんなさい」 怖いから素直に謝る。 また待っていてくれたんだろうか。 「こんな事だろうと思ったから近くにいてよかった」 「やっぱり待っててくれたんですか…?」 「啓真は絶対俺に連絡しないでひとりで帰るだろうと思ったからね」 「……」 バレてる。 結人さんはさっと俺の手を取って握る。 「え、手…」 「罰として今日は手を繋がれるように」 「……はい」 温かい手で俺の手を引いてアパートに向かって歩き出す。 これが罰なんだ…。 やっぱり結人さんは変な人。 隣を歩く横顔を見上げると、俺の視線に気付いたのか結人さんがこちらを見て目が合った。 慌てて視線を前に戻すけれど心臓の動きはおかしいまま。 「聞いてなかったけど、啓真は恋人とかいないよね?」 結人さんが唐突な話題を振ってきた。 そういえばそういう話はしていない。 「…いません」 「よかった」 ほっと息を吐く結人さん。 「いたら諦めましたか?」 「え? 奪うでしょ」 「そんな、当然の事みたいに…」 「啓真を手に入れるためなら当然の事だよ」 さらりとそんな事を言われて、やっぱり心臓はどっくんどっくん、おかしな動きをする。 どうしたんだ、俺。 結人さんに押されて押されてそのまま押し切られそうになっている。 繋がれた手にぐっと力がこめられてまた脈が速くなる。 いけない。 これじゃ俺…。 「あの!」 「なに?」 思い切って声を掛けると結人さんがこちらを見る。 心臓がおかしい。 俺はおかしい。 「やっぱり、手…離してください…」 「……」 結人さんは俺をじっと見て、それからゆっくり手を離してくれた。 少し落ち着いて、それなのにどうしてか寂しくて…俺はおかしい…おかしい。 「俺、ひとりで帰れますから」 「だめだよ」 「ひとりで帰らせてください…お願いです…」 「……」 足を止めたままの結人さんを置いて走り出そうとしたらまた手を掴まれた。 振り解こうとしても振り解けない。 「離して…!」 「……今、啓真の心に俺はどのくらい入れてる?」 「っ…!」 ………そんなの……。 俺が俯いて答えずにいると、掴まれていた手が離された。 怒られるかと思ったら、結人さんは微笑んで俺の髪を撫でる。 「気を付けて帰るんだよ」 「あ…」 ひとりで帰ると言ったのは俺なのに、結人さんが離れてしまうと思うとなぜか引き寄せたくなる。 でもそれをぐっと堪えて、小さく頷いてから結人さんに背を向けて走ってアパートまで帰った。 どこかで追いかけてきて欲しいと思っている自分がいて、そんな自分もその場に置き去りにしたくて全力で走った。 部屋に入って荒い呼吸を整える。 自分がわからない。 なにがしたいんだ。 なにを望むんだ。 俺が求めているのはなんなんだ。 「……俺が、求めているのは…」 平穏。 結人さんじゃない。 これ以上、心を乱さないで欲しい。 俺はこんなの望んでいない。 恋人なんて欲しいと思った事はない。 ただ穏やかに、平凡な俺に似合った毎日を過ごせていればそれでいい。 それで、いい。 メッセージで告白を断るのってどうなんだって思ったけど、顔を見て断る勇気がない。 また流されそうだから。 スマホを手にして、またポケットにしまう。 …メッセージを送る勇気もない。 靴を脱いで荷物を置く。 色んな感情を流したくてシャワーを浴びる。 熱めのシャワーでぐちゃぐちゃになった気持ちが少しすっきりしたので、今日も一さんの作ってくれたおにぎりを食べながら缶チューハイを飲む。 …なにも考えない。
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