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「…ありがとう、千暁くん。」
真夏の昼下がり、二人はベンチに飲み物を片手に座っていた。
「気にしなくていい。
…いつも、あの連中の言いなりだったのか?」
勇人は力なく頷(うなず)いた。
「他校なんだけど、たまたま因縁つけられたのがきっかけで…。」
「馬鹿。何で誰にも相談しなかった?
お前がいじめられてるなんてわかったら、俺もすぐに協力した。」
「言えるわけないよ…。親にも兄弟にも、迷惑かかるから…。
それに千暁くんには、もっと言えないよ。
…千暁くんは昔から、俺の憧れだったから…。」
うつむいた勇人の表情は見えないが、覗いた頬は赤い。
「…憧れ?俺が…?」
千暁が不思議そうに言えば、勇人はバッと顔をあげる。
その瞳は涙で潤み、頬は真っ赤だった。
「そうだよ…!千暁くんは昔からいつもクールで、強くて…なんでも出来て…。
俺の憧れの人だった…。
千暁くんが転校してからも、いつか、千暁くんみたいに強い男になりたいって、そう思ってた…。
だから夏休みに再会出来たのも、本当に嬉しかったんだ…。」
照れながら震える声で勇人は呟き、目を伏せた。
「俺、勉強も何もかも…思うようにいかなくて…夏休みが終わるまでには、死のうとしてた…。
勇人って、勇ましい人になれるようにって、親からつけてもらった名前なのに、全然勇ましくて強い人間にはなれなくて…。
あいつらに金をせびられて、パシリにされて、逆らったらサンドバッグにされて…。
誰にも相談も出来なくて、人生から逃げようとした。
でも、やっぱり…千暁くんは強いな…。
そう思ってた俺の心を、あっという間に変えちゃうんだから…。」
勇人は目を輝かせ、千暁を見つめて言った。
「俺は、きっとお前が思ってるような強い人間ではないけど…少なくとも勇人が死のうと思った気持ちがなくなったのなら、よかった。
もし困ったら、いつでも連絡してくれ。
これ、俺の連絡先。」
千暁は淡々と言って、携帯を差し出す。
勇人は困惑したように目を瞬かせた。
「ち、千暁くんの連絡先!?うぇ!?い、いいの!?」
千暁と勇人は連絡先を交換して、その日は別れた。
そして不思議な事に、今回の事をきっかけに、パタリと金縛りはなくなった。
恐らくあれは、誰にも相談できない勇人が、部外者の千暁にだからこそ助けを求めた事により生まれた『生き霊』のようなものなのではないかと、千暁は推測したのだった。
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