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人魚の夢
お盆明け、千暁と律樹、勇人の三人は海に来ていた。
「わ~ッ!!海だー!」
「勇人、ガキみてぇにはしゃいでんじゃねぇ。
ま、でもたまの海も悪くねーな。」
テンションが上がった様子の勇人と律樹。
そんな中、千暁は真顔だった。
「おーい、千暁、来たばっかだぜ?
まさか怯んでんのか?」
千暁の顔を覗き込んできた律樹が、つま先を伸ばして、耳打ちしてくる。
「…お前、昔からカナヅチだもんな?」
千暁が渋い顔で律樹を見る。
律樹はイタズラっ子のように笑った。
「千暁くん、律樹くん、どうしたの?」
そんな中、勇人はきょとん、と不思議そうな顔をしていた。
今回、海に行こうと誘ってきたのは、珍しい事に勇人だ。
アザはもうほとんどなくなったのか、薄手の上着を羽織っている。
律樹は白い肌を惜しげもなく晒している。
今回はせっかく誘われたから来たが、本来千暁は乗り気ではなかった。
千暁は泳げない。
『見た目に反して意外だ。』と良く言われる。
千暁はただの見かけ倒し筋肉だった。
「千暁、俺は泳いでくっから、浮き輪持ってて来んねぇ?
オイ、勇人、お前も付き合えよ。」
「えっ!?なんで僕まで!?」
千暁が持つには少々可愛らしい浮き輪を渡される。
律樹に目配せされる。
泳げない分、『これで浮かんでろ。』と言うことか。
「千暁くんも泳ぎたいんじゃない…?」
千暁は首を振る。
「いや、俺はその辺にいる。
勇人、せっかくだから律樹に付き合ってやれ。」
「ち、千暁くん~…」
勇人は律樹に引っ張られていった。
千暁は彼らから少し離れた場所で浮いてる事にした。
千暁は一人で浮き輪で浮いていた。
海は人で溢れていたが、そんな時に珍しい顔を見つける。
「あれ…お前、ヒロか?」
「ん…?誰かと思ったら千暁、か…?
なんで浮き輪…?」
小学校の頃、同じクラスの一人だったヒロだった。
昔はかけていた眼鏡は、コンタクトにしたのか、今日はなかった。
個性派が多かったクラスメイトの中でも、ヒロは常識人で良くも悪くも普通だった。
「久しぶりだね。
いつの間に、こっち帰って来てたのか。」
「夏休みの間だけな。
今、律樹と勇人と遊んでるんだ。」
「なるほど…。律樹は昔から千暁にべったりだったからわかるけど、勇人は珍しいな。」
「そうか?」
千暁とヒロは昔話に花を咲かせていた。
歩きながら話していたから、気づけば人気がないエリアに来ていた。
ヒロはそこで、頃合いを見計らっていたように、ある事を口にする。
「そういえばさ、最近変な夢を見るんだよね。」
「変な夢?」
「うん。」
ヒロが言うには、夢に人魚が出てくるらしい。
酷く美しい中性的な人魚が、夜の暗い海の中を泳ぎ回っている。という。
「それほど変な夢か?」
「ああ、なんせ、毎日見るんだ。
三日前くらいに家族で海に行ってさ。
ちょうど今みたいな人気のない場所を歩いていた時に、遠目に人魚みたいな人影を見かけたのがきっかけで。」
「なるほど…。」
「だから今日も、気になって海に来たんだ。」
千暁が見ても、ヒロの様子は少し可笑しかった。
昔から真面目で常識人だった。
ふざけて言ってるわけでもなさそうだったから。
そして、その日を境に、千暁も可笑しな夢を見るようになった。
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