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気づくと、夜の暗い海にいる。
千暁は砂浜の上にいた。
そして遠目から見ると、海の中を何かが跳ねている。
よく見ると、長い黒髪を持つ、人魚がいた。
遠目からなので中性的で性別がわからない。
腹部から足元にかけてを覆うヒレ。
人魚が気持ち良さそうに、海の中を泳いでいる。
それから毎日、同じ人魚が夢に出てくるようになった。
最初は遠目からだったが、気づくと少しずつ人魚が近づいてくるのだ。
海の中から岸へ、岸から気づけば表情がわかるほど千暁の近くへ。
人魚はあどけなさを感じさせる中性的な顔立ち。
律樹も天使のような美少年だが、それでもまだ人の範疇を留めている。
だが、人魚はこの世の者とは思えないほどの美貌を持っていた。
胸は薄く、男の人魚だとわかる。
人魚は千暁を見つめ、いつも微笑んでいた。
夢を見始めて一週間が経過する頃には、すっかり千暁は人魚に魅了されていた。
今では、手を伸ばせば人魚と触れ合いそうなほどに近くなってきている。
恐らくあと二日か三日もすれば、接触しても可笑しくないほどだった。
「オイ、千暁、なあ千暁、無視すんなって!」
我に返った時、律樹が千暁の顔を覗き込んでいた。
「…なんだ?」
律樹はむす、と不満げに千暁を見た。
「最近のお前、ずっとぼんやりしてねぇ?
…そろそろ夏休みも終わるし、だからその前に俺はお前と遊びたいってのに…。」
律樹は頬を赤らめながら、呟いていた。
律樹は愛らしかった。
なんで最近、気を取られていたんだろうと思うほど。
「悪かった。…俺も最近、ちょっと他の事に気を取られていた。
ところで、話し途中だったんだろう?
何の話だ?」
「ああ、そうそう、小学校の頃、お前も同じクラスだったヒロ。覚えてるか?
あの眼鏡かけてた地味な奴。
昨晩アイツが海に行ったっきり、行方不明になったらしい。」
「覚えてるも何も…。」
一週間前に会ったばかりだ。
「行方不明って、どういう事だ…?」
「高校は違うクラスだし、婆ちゃんから又聞きしただけだからよく知らねぇけど。
海に行ったっきり、帰って来なくなったんだってよ。」
「海だと…?」
人魚の夢がよぎる。
一週間前に会った時、ヒロは様子が可笑しかった。
まるで最近の千暁のように。
「婆ちゃんが言うには、人魚に連れ去られたんじゃねぇかとか抜かしててよ。
さすがにンな訳ねえだろって。」
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