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自転車で去っていく千暁の背中を見て、その者は安堵していた。
「急に驚いたな…。まさか、千暁が帰ってきていたなんて…。
こんな時、お前ならどうしてるんだ…?」
葵と蒼真は一卵性の双子で、鏡写しのようにそっくりだった。
幼い頃は色違いの服を着ていなければ、祖父母や両親でも見間違えるほどよく似ていた。
そんな双子だが、『中身』は違っていた。
走るのが速い葵と物静かな蒼真。
明るくてやんちゃな葵と、おっとりしていて本を読む事が好きな蒼真。
聞き分けの悪いガキ大将の葵と、言うことをよく聞く素直な蒼真。
見た目は同じでも中身は正反対だった。
運動神経だけが中途半端に良い葵と、いつもテストで満点を取っていた蒼真。
二人はよく比べられていた。
母親は教育ママな気質があるせいで、足ばかりが速くても何の役に立たないという認識だった。
葵がかけっこで一位を取っても、一度も褒めてはくれなかった。
弟の蒼真はいつもテストで満点を取るので、聞き分けが良い自慢の息子とよく褒められていた。
葵はそれがひたすら悔しくて、大好きな運動を捨てて、蒼真のように頭が良くなろうと努力した。
ただ純粋に母親に褒められたかったのだ。
しかしどんな点数を取っても、葵が初めての満点を取っても、もう蒼真が何度も満点を取っていたので、母親は褒めてはくれなかった。
蒼真がそんな葵を見て、母親のいない裏で、葵を見下し嘲笑って来るのもひたすら悔しかった。
人には向き不向きがあるが、その時はそう思えなかった。
よく考えれば葵は運動が得意で、蒼真が勉強が得意なだけだったというのに、幼い葵にはそれが見えていなかった。
あるいは、運動面を評価し、活かしてくれるような母親だったら、こうはならなかったかもしれない。
葵は学校では明るいムードメーカーな一方で、内心では卑屈な影の部分を抱えていた。
影は最初は滲むように、しかしだんだんと葵の心に深く、暗闇が蝕んでいった。
ある年の夏休み、志倉家は山の中にキャンプに来ていた。
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