双子

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 (あおい)蒼真(そうま)が山の中で作業をしていて、二人きりになった。 蒼真(そうま)(あおい)に言った。   『ねえ、(あおい)?母さんがお前なんて生まなければよかったって(なげ)いてたよ? 僕さえいたら充分なんだって。 ここでお前が遭難したところで、母さんは悲しまないだろうね。 むしろ喜ぶかもしれないよ?』  同じ顔をした弟が、天使の微笑(ほほえ)みを(にじ)ませ、邪悪な顔で言い放った。  その言葉が、傷付いていつ崩壊しても可笑(おか)しくない(あおい)の心を、決定的に壊した瞬間だった。  少なくとも辺りは人気のない山の中。 (あおい)たちが、下側が川になってる崖の上にいたのが、悪夢の始まりだった。  (あおい)はその瞬間、衝動的に蒼真(そうま)を崖から突き落としていた。  落とされた瞬間の、まるで悪魔を見るかのような蒼真(そうま)の表情が、脳裏に今でも焼き付いている。  蒼真(そうま)の絶叫が、永遠に耳に残って、消えてくれそうになかった。  泳げない蒼真(そうま)が、川の流れに反して泳げるはずもなかった。 最初はもがき、しかしやがて蒼真(そうま)は川の中に飲み込まれた。    突き落とした時に後悔するも遅く、(あおい)は永遠に取り返しのつかない事を、その時にしてしまった。  (あおい)がキャンプ場に一人戻り、謝ったところで、母は決して許してはくれないだろう。  何故(なぜ)なら、母にとって理想の子供は、(あおい)ではなく、蒼真(そうま)だから。 蒼真(そうま)の言う通り、母は蒼真(そうま)の生を望み、(あおい)の死を願うはずだ。  (あおい)として一生両親に(さげす)まれ、失望される地獄のような未来が浮かんだ。  その瞬間、後悔と懺悔(ざんげ)の中、(あおい)蒼真(そうま)になる事を誓った。  普通では考えられない、理性を失ったようにも見える行いだ。 だがそれを悪だと判断がつかないほど、その時の(あおい)は壊れてしまっていた。  川の流れが速かったのもあって、事件は事故と処理され、(あおい)の行いは永久に闇に(ほうむ)られた。  キャンプ場で迫真の演技で泣き崩れ、(あおい)の名を叫び続ける(あおい)。  母はそれが蒼真(そうま)に成り代わった(あおい)だと気づかなかった。 あれだけ心底から愛していたのに所詮(しょせん)蒼真(そうま)の表しか見てなかった。 中身は関係なかったのだ。 そんな蒼真(そうま)を、(あおい)は可哀想だとすら思った。  (あおい)はロクに双子の区別すら出来ない母親に、あれほど感情や精神を左右され、今まで振り回されてきたのだと、呆れ果てた。  これではまるで自分が今まで馬鹿みたいだと思った。  「…一瞬、千暁(ちあき)には俺が(あおい)だって、バレたかと思ったけど…わからなかったみたいだ。」  (あおい)はセミが合唱する最中、ぼんやりと一人(つぶや)く。 むせかえるような暑さの中、空を見上げ、(あおい)は皮肉気に口元を三日月に歪めていた。  「母さんも俺を蒼真(そうま)だと信じきってて優しいんだ。 お(蒼真)のおかげで毎日楽しいよ。 …俺が死んだら責任取って、お(蒼真)がいる地獄に一緒に行くから、それまで待っててね。…蒼真?」  そんな(つぶや)きは、セミの鳴き声で掻き消された。
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