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「ただいま~!兄さん!」
春は家に帰宅するや否や、明るい声でそう言う。
「今日ね、小学校の頃友達だった千暁と会ってね!
千暁、すっごく大きくなってて!
ビックリしちゃった~!」
春は嬉々として言いながら、和風家屋の室内を進む。
あるところでピタリと止まる。
床の小さな取っ手に手をかけていた。
一見して普通の和室だが、よく見ると地下に物を格納できるスペースがある。
それこそ人一人を隠せるほどのスペースが。
春は目を向け、笑みを溢していた。
「ただいま。兄さん。」
そこに隠されていたのは、ミイラ化した遺体だった。
春は愛おしげに兄の『夏』を見つめ、いつものように楽しげに語りかけていた。
常人が見たなら、間違いなく叫ぶような光景である。
春にとって夏は兄である以上に、親代わりだった。
父親は病で幼い頃に命を落とし、母親はある日、二人を置いて蒸発した。
両親は駆け落ち同様に田舎に越してきたのもあって、春と夏には身寄りもなかったので、夏は通っていた学校を中退。
バイトを何個も掛け持ちして春を育てるために必死に金を稼いだ。
春はそんな夏の事を、消えた親以上にはるかに信頼し、愛していた。
夏は自慢の兄で、必死に頑張る兄が誇らしくて、春はいつも皆に兄の事ばかり話していた。
それほど春の中で夏は英雄だったからだ。
春にとって夏の存在はなくてはならない存在だった。
たった一人の家族の兄は、春にとって生き甲斐であり、全てだった。
それは夏自身も同じだっただろう。
春が高校に入ってからはバイトを始め、兄弟はお互いに助け合いながら、貧しいながらに和やかな日々を送った。
だから今年に入ってすぐのある日、疲労か病かわからないが、家で倒れて動かなくなった兄の事を、春は死んだと認識できなかった。
急死した兄の死を、受け入れることなどできるはずもなかった。
だから、春は壊れた。
「兄さん、今日はいつも頑張る兄さんの代わりに、俺がご飯を作るね。
そうだなぁ、兄さんの好物の唐揚げを作るから、楽しみに待っていてね!
え?俺が料理をするなんて心配?もう!心外だなあ!
きっと兄さんに、あっと言わせて見せるご飯を作ってあげるからね!」
春は孤独な精神の均衡を保つために、兄は存在していると己に言い聞かせていた。
他者に大好きな兄の事を語り、まるで兄がいるかのように、ただ一人、永遠と振る舞い続けるのだった。
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