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「びっくりした?」
「そりゃびっくりしたに決まってるだろ。」
「アハハ。面白い、すっごくウケる。」
「面白がっている場合じゃないだろ。説明してくれ。」
「えー。私はただ、おじちゃんに言われるままにしただけなんだけどなぁ。」
「……?どういうことだ?」
私は、男の魂の目をしっかり見つめ返す。
彼の目は、もう死んだ魚じゃなかった。
黒いヴェールはいつの間にか雨に濡れて溶けてしまい、爽やかな緑色の、綺麗で奇妙に鮮やかな彼の髪の毛がはっきりと姿を表している。
「……覚えてない?」
「…………ずっと昔のことだ。ヒトの記憶は薄れる。」
「そっか。」
荒涼とした大地には雨が降り、存分に喉の奥から震わせて満足した動物たちが、新たな芽を出し始めた草や花をはんでいる。虹の尾を引くように飛んでゆく鳥や虫の羽音が、奇妙に長く響いていった。
「私の一生分の震えの、プレゼントだよ。」
この言葉の意味が、男に伝わるのか。それはわからないし、ぶっちゃけてしまえばどうでもいい。
私はこうしたいと思ったことをするだけで、それが達成できただけで満足。
……目の前の人間の目から涙が出ているのだって、まあどうでもいいんだ。私にはね。
*
———氷奏妖———
未発達期は青い斑模様の肌と黄色い針状の髪、エメラルド色の瞳。
成人するとなめらかな白磁の肌に氷のような青い髪、青い瞳をもつ妖怪。
特定の人物を気に入ると、その魂に寄り添い癒しを与えることがある。
人生の晩年を凍えた大地で終えるが、その際溜め込んだ『寒さによる震え』を、死後に『喉の震え』 に変換し魂の鎮魂歌を歌う。
心揺さぶられるその音色は、まるで夢の世界における天使の合唱。
きっと聴き手となった者たちに、大きな感動をもたらすであろう。
(『わかりやすい妖怪図鑑』 △巻〇〇ページより)
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