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私は見た目を変化させ、食べるものを変化させ、好きな娯楽も変化させていった。
とっくのとうに「死んだ娘の髪の毛の色にそっくりな目の色」なんてどっかへ投げ棄ててしまった私に、なぜか男は辛抱強く付き合い、甲斐甲斐しく世話を焼いた。
男はよく、不思議な目をして私を見た。
生きてもいないのに、死んでもいない。月の引力に引きずられて満ちては引く海の潮のような、とてもへんな目。
最終的に私は、男を旅へ連れ出した。
男は私に言われるままに、汽車へ乗り、乗合馬車を利用し、歩き、車を借り、バスや電車や飛行機を梯子しながら私とともに旅をした。
そうして私たちは、どんどんどんどん北の極寒の大地へと進んでいった。
しかし旅には終わりがある。
とある道の途中で、私は唐突に座り込んだ。
そこからピクリとも動かなくなった私を、男は初め困ったようになだめたりすかしたり、話を聞こうとしたりした。
けれどもとうとう我慢の限界が来た。と、いうところで冒頭に戻る。
男は私を置いて、一人寂しく旅路を戻らなければならなかったというわけだ。
なんという、悲劇。
同時に。
なんという、喜劇。
肉体が死に、魂だけになった私はケタケタと笑う。
————あー、おっかしい!
おかしくてたまらない。
さんざん育てて恩を売っておいて、結局その全てが裏切られたと知った時。男は二度目の喪失をどんな気分で味わったのだろう。
私はあれが見たくて、目の前で男がああなるところをこの目に焼き付けたくて、男に捨てさせてやったんだ。
罪悪感?人の心?はん、そんなものは持ち合わせてない。だって元から、私は人間じゃない。
ただ……まあ、好き勝手にさせてもらった恩は私も感じてるんだ、これでも。
それだけは誓ってもいい。
色々迷惑かけたことを謝るつもりなんかないし、後悔も何もしていないけれど。でも、この姫林檎飴みたいにちっぽけな甘酸っぱい思い出の印を、自分が死ぬついでに少しだけ刻んでやってもいいかなって……そう思えるくらいには。
だから……
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