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1.東京都24番目の区
路傍伊四郎(ろぼう・いしろう)は今年で三十歳になる。
勤続十年目の消防官だ。やっと中堅になった年頃。
休日は、もっぱら家でビデオゲームをする。中でも、シューティングゲームがお気に入り。
今日もガンコントローラーをテレビに向けて、バンバン、撃ちまくる。プラスチックのコントローラーは軽いので、金属の重りを入れて実銃の重さに近づけてある。
横では、三歳になる息子がガンコントローラーをにぎっていた。名は一郎と言う。
親子で並んで撃ちまくる。
「そのへんにして、お茶しましょ」
台所から妻がポットを持ってきた。湯が沸いたよう。
一郎はガンコンを放り出して、テーブルにつく。お菓子のほうが好きなあたり、子供だ。
伊四郎はコントローラーのボタンを押し、ゲームを止めた。ガンをくるくるっと回し、腰のホルスターに納めてゲーム終了。
妻、幸恵はマタニティ姿。あと数ヶ月で、一郎に弟か妹ができる。
「イシくんは職業まちがえたね。鉄砲ゲームばかりしてる」
幸恵がコーヒーを煎れてくれた。一郎にはココアだ。
「消防官のゲームは無いから。近いと言えば、重機関銃の腰だめ撃ちは、消防の放水銃そのものだね」
「ほーすい!」
伊四郎は両手を腰に置き、大物を抱えるしぐさをした。一郎もまねて同じしぐさをする。
「江戸時代なら、抱え大筒と呼ばれる兵器があった。ゲームは最新の銃ばかり、レトロな昔の兵器が欲しいところだね」
はははっ、伊四郎が笑えば、一郎も笑った。
ふう、幸恵が息をつく。
「明日から、新しい署で仕事ね」
「龍如区の桐生署だ。ケガで欠員ができたらしい、消防士の宿命かな」
「危ないところと聞いたわ」
「火災現場に安全は無い、どこも危ないさ」
一郎が父の顔を見上げた。
「とおいの?」
「そうだなあ、通勤には少し時間がかかる。まあ、同じ東京都内さ。北海道ほど遠くない、たいした距離じゃない」
「東京都内でも、八丈島や硫黄島なら、片道だけで何日もかかるわ」
極端な事例を挙げられ、伊四郎は黙ってしまった。
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