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『何を言われてもダメなものはダメさ。それに君が好きなのはマリリンじゃなくて小野さんだろう?』
「小野さん? 随分とまた古い話を出すじゃないか。彼女とは高校卒業以来一度も会ってないよ。もう二十年も前の話だぜ?」
『でもまだ忘れられないんだろ?』
「いいや、忘れてるね。完璧に忘れてるよ。ただ本当に時々、そう、二年に一度くらい、彼女と夕暮れの南ヶ丘を歩いている夢を見るだけさ」
『ほうらみろ。やっぱり忘れられないんじゃないか』
「そうじゃない。彼女が忘れられないんじゃなくて、南ヶ丘の夕暮れが美し過ぎるだけなんだ」
『それは言い訳だね。だってそうだろ? もしも彼女に未練が無いのなら、夕暮れの南ヶ丘の夢なんて見たりはしないよ。夜明けの海岸通りの夢を見るはずさ』
「……なるほど。確かにそうかも知れないな」
『さあ、わかったらもうボクを放してくれ。僕等は君達が思ってるほど暇じゃないんだよ』
私は言い負けたのが悔しくて、彼を海に向かって投げ飛ばした。
ヤドカリが言うように、本当はまだ小野さんのことが忘れられないのだろうか?
或いはそうかも知れないが、多分そうでもないだろう。
私は気を取り直して歩き始めた。
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