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空間転移の魔法――、そこにある物質を見えない空間で包むと、その中にある物質を別の場所に転移させることができる魔法だと聞いたことがある。上級魔法使いでなければ使いこなすことはできない。
そんな高度な魔法の使い手として、僕でも知っている名前が王家直属魔法部隊の三番隊隊長・『空間の造形家』ノエルだ。
じゃあこの黒髪の女性も――と僕があれこれ考えているうちに、ノエルは次々と空間に四角を描き、瓦礫を転移させていった。
「リサちゃん! あそこにいるのがお母さんと妹さん?」
ノエルの問いに答えるより早く、リサは駆けだしていた。
妹に覆いかぶさるように倒れている母の姿がそこにはあった。
「お母さん!」
リサの叫びに母は僅かに身を動かした。「お姉ちゃん」という弱弱しい声も聞こえた。ユイも生きているようだった。
「サキ! ヒーラー部隊連れてきて!」
「了解!」
ノエルは黒髪の女性をサキと呼んだ。僕はその名前に聞き覚えがあった。やはり彼女も王家直属の――、サキはすぐさま駆け出していった。
「ありがとうございます!」
リサが叫ぶと、ノエルは首を横に振った。
「御礼ならサキに言ってあげて。泣いてる声がするって気づいたのはサキだから」
それから間もなくして、そのサキが、回復魔法を得意とするヒーラー部隊数人を引き連れてきた。部隊はリサの母と妹の生存を確認すると直ちに治療に入った。
サキはその様子にひとつ頷き、石畳に散らばったままの銅貨や銀貨の僕たちを丁寧に拾いはじめてくれた。ひんやりとした掌に集めてもらうと、僕たちはリサの両手に返された。
「これで大丈夫なはずです」
「あ、ありがとうございます!」
「御礼はノエルに言ってください。瓦礫を消したのは彼女です。私は何もしていないです」
とサキは両手を胸の前で振った。
「なーにが『何もしてない』だよ。サキが爆炎の魔法で竜を撃退したんでしょーが」
ノエルがサキの髪をグシャグシャとかき乱しながら言った。
やっぱり! と僕は声を出したかった。「爆炎」というキーワードで確信した。この黒髪の女性は王家直属魔法部隊の一番隊隊長・『爆炎の魔術師』サキだったんだ。
「そういうのをわざわざ言う趣味はないです」
サキはノエルの手をどかしながら言った。
「またまたご謙遜を」
「竜を倒したわけではなく追い返しただけですし、この子たちの家を守ることはできていないわけですから……」
申し訳なさそうな目をしてサキは言った。「そうだね……」とノエルも弱弱しく呟いた。
リサは首を横に二度振った。
「でも、貴方たちがいなかったら私の家族は助からなかったんです」
ヒーラー部隊が居る方向を見たまま、リサは言った。「そう言ってもらえることが救いです」とリサの肩をそっと叩き、「では、我々は次の場所へ行きます」と二人は去っていった。
リサは僕を握りしめたまま二人を見送っていた。
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