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◇ ◇ ◇
あのあと。
何食わぬ顔で父と共に部屋に戻り、仕切り直すかのように娘に大袈裟なほどの褒め言葉を掛けた。
「ぱぱ。ゆき、つめたい、……ぎゅ、ってした」
はにかむような笑顔で話す真理愛に胸を撫で下ろし、とりあえずその場は収まった、と思っていた。
「……真理愛は雪なんて見たことないだろうから、楽しかったんだろうなぁ。いや、でも怖がったりしなかった?」
娘を寝かしつけてリビングルームに戻った圭亮の言葉に母があっさり答える。
「ううん、雪自体は知ってたみたいよ。ずっと部屋の中だったからって別に動けなかったわけじゃないんだから、窓から雨も雪も見てたでしょ」
「ああ……」
むしろ一人であの部屋にいたら、外を見るくらいしかすることはなかったのかもしれない。
かつての恋人だった今日子が、別れたあとで圭亮には黙って産んで一人で育てていた娘。
四歳九か月で今日子が薬を飲んで死ぬまで、真理愛は彼女と二人で古く狭いマンションの一室で暮らしていた。
母親の最期の瞬間まで、同じ部屋でずっと。
ほとんど外に出ることもなく、今日子が出掛けている間はたった一人残されるのが常態だったらしい。
母親の死後、初めて会った父親である圭亮に引き取られて彼女はこの家に来た。
最初は泣きも笑いもせず、言葉も出ない状態だった娘。
しかし五歳の誕生日を迎えた去年のクリスマスから、真理愛は少しずつ言葉を発するようになって来ていたのだ。
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