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「圭亮が帰るのをリビングで私たちと待ってる間も、一人で何度もキッチンの冷蔵庫の前まで行ってたのよ。きっと真理愛ちゃんは、初めて作った雪だるまをパパに見せたかったんだと思うわ」   静かに紡がれた母の台詞が心に突き刺さる。  そうだ。  雪だるまに限った話ではなく、娘がその手で『何かを作る』のは初めてなのではないか。  それを自分は「こんなもの、食べ物と一緒に入れたら汚いだろ」としか感じなかった。 「パパに見せたかったのよ」  帰宅して顔を合わせた際の娘の最初の呼び掛けも、「ゆき」ではなく「ぱぱ」だった。  ──真理愛の純粋な想いの籠った真っ白な雪のオブジェを、故意でないにしろ土足で踏み潰してしまったようで居たたまれない。  生まれた日も、初めて立った、歩いた日も、話し出した瞬間も。  圭亮は娘の人生の節目を、何一つこの()で見たことはなかった。  彼女の存在自体が未知だったので当然だ。  だからこそこの先の真理愛の『初めて』は、ひとつ残らずその場で確かめて喜びたいと思っていたのに。  結局そんなものは単なる表向きの形ばかりだったと、己の浅さや薄さが露呈してしまった気がする。 「母さん。俺、俺は──」 「あなたに悪気がなかったのなんてお父さんも、もちろん私もわかってるから。実際には傷つけるようなこと言わなかったんだし、そこまで気にする必要ないわ」  微かに震える声に圭亮の後悔を悟ったのか、母は穏やかに言い聞かせるように慰めてくれた。 「小さい子がいたら、どうしたって家は散らかるし汚れるものなの。真理愛ちゃんみたいにおとなしい子でもね。大人だけで暮らすのとは、『生活』そのものが変わるのよ。……変わらないといけないの」  ──あなたも、これからはそのつもりでいなさい。親として。  母はわざわざ付け加えることはしなかったが、言外のメッセ―ジはしっかり受け止めて肝に銘じよう。  今更だが、実際に「今」できていなかったのだから。
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