ふたりだけの部屋

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俺は今、柾さんの車に乗っている。 公園のベンチで柾さんに祥吾との事を聞いてもらっていたら、『誘拐しちゃおうかな』って言われて、それもいいかもってどこかで思って。 だって自分じゃ動けないから、誰かに誘拐でもしてもらなくちゃ状況が変わらない。 そんな事を思っていたら本当に車に乗せられた。 でも俺は嫌がらなかったから合意だ。 「聖くん、スマホ出して」 「え? はい…」 「電源切って」 「…はい」 そのまま取り上げられた。 「“誘拐”、だからね」 急にどきどきし始めた。 「あの、誘拐ってなにするんですか…?」 「うーん…とりあえず俺の部屋から外には出ちゃだめだよ」 柾さんはそう言ったところで俺にアイマスクをして目隠しをした。 「え、柾さん…?」 「痛い事はしないから」 「……はい」 「いい子」 優しい声。 こんな褒められ方したの、いつぶりだろう。 でも祥吾の事しか考えてなかったけど仕事とかはどうしたらいいんだろう。 出ちゃだめって言うからには仕事も行っちゃだめなんだろうな、きっと。 柾さんの目、冗談っぽくなかったし。 まあ、なるようになるか。 会社でも別に必要とされているわけじゃないし。 視界が暗いからか、こんな状況なのにうとうとしてきた…。 ………… ……… …… … 「……?」 瞼を上げると見た事のない部屋のベッドにいる。 どこだろう。 ぼんやりする頭で考えて思い出す。 そうだ、“誘拐”されたんだっけ。 「あ、起きた?」 ドアが開いて柾さんが顔を覗かせる。 「すみません、俺、寝ちゃって…ここは?」 「俺の部屋」 「そうですか…」 あれからどのくらい時間が経ってるんだろう。 部屋を見回しても時計はない。 カーテンの隙間から窓の見える向こう側はシャッターで閉ざされている。 「なにか食べる?」 「いえ、大丈夫で…」 ぐう。 お腹が鳴った。 柾さんがくくくっと笑う。 「軽いもの作ろうか」 「俺が作ります」 「ううん。俺に作らせて」 柾さんの後を追いかける。 ベッドルームを出ると、整ったリビング。 でもやっぱり時計はない。 窓も全部シャッターが閉まっている。 「ここ、柾さんひとりで住んでいるんですか?」 「ううん。今日から聖くんが一緒に住む」 「あ…」 キッチンでお鍋を出している柾さんのシャツの袖を掴む。 「じゃあ、あの…ルールとかないですか? 俺、“誘拐”されたので…」 「……」 柾さんは目を瞠って、それから優しく微笑む。 「好きに使って。どこの部屋でも好きに出入りしていいし。って言っても見ての通りそんなに部屋数ないけど」 「入っちゃいけない部屋は?」 「え?」 俺は重要な事を聞く。 「ほら、こういう場合、よく『この部屋だけは絶対入っちゃいけない』みたいな部屋あるじゃないですか」 「ああ、ドラマとか小説とか?」 「はい」 「ないよ。どの部屋でも自由に入っていい」 ぽん、と俺の頭に手を置いて柾さんは微笑む。 それからすっと真顔になって。 「でもさっきも言ったけど、外にだけは絶対出ちゃだめ」 「外…?」 「そう」 ぱっと笑顔に変わって。 「だって聖くんは“誘拐”されてるんだから」 そっか…そうだよな。 俺は頷く。 「わかりました」 「いい子だ」 優しく頭を撫でられて心臓がとくん、と鳴る。 柾さんってすごく優しく喋る人。 心地好過ぎて眠たくなる。 そうか、車の中で寝ちゃったのは視界が暗かったからじゃなくてこの声が心地好かったからだ。 「また眠たそうだね」 「いえ…大丈夫です」 「誘拐犯と一緒にいてそんなに安心しちゃだめだよ」 「だって…誘拐犯でも柾さんだから」 柾さんは目を細めて俺の額にキスをする。 柔らかな感覚にどきどきする。 会ったばかりの人なのに、一緒にいるとすごく心が和らぐ。 「こんなに可愛い聖くんを泣かせた男がいるなんて信じられない」 「…可愛くないですよ」 俺みたいなのを身体だけでも必要としてくれる人がいただけですごいって思ってしまうくらい、なんの取り柄もない、どこにでもいるような男。 「そうかな? さ、できたよ」 「わ、おいしそう」 卵雑炊だ。 柾さんはレンゲですくって食べやすいように冷ましてから俺の口元に運んでくれる。 「あの、自分で…」 「いいから。甘えて?」 「…それじゃ」 食べるとほっこりした味ですごくおいしい。 そういえば今夜は冷えるって柾さんが言ってたっけ。 今が何時かはわからないけど。 「あの、今何時ですか?」 「ん?」 「今、何時くらいかなって」 「聖くんはそんな事気にしなくていいの」 柾さんは優しく微笑んで俺の口元を指で拭う。 思わずぽーっとしてしまう。 そうか、時間なんて気にしなくていいんだ。 「聖くんは俺の事だけ考えて?」 「はい…」 心地好い声。 この声で言われた事には『はい』って言いたくなる…不思議。 「はい、あーん」 一口一口食べさせてくれる柾さんの瞳も声も手つきも全てが優しくて俺は蕩けてしまいそうだった。 俺が食べると綺麗な顔が嬉しそうに緩む。 その微笑みが俺も嬉しくてまた口を開ける。 それを繰り返しているうちに完食してしまった。 「あれ、そういえば柾さんの食事は…?」 「俺は聖くんが寝てる間に食べたよ」 「そうなんですか…」 一緒に食べたかったかも。 「今度から起こすようにする」 「え?」 「一緒に食べたかったって顔してたから」 「!!」 バレてた。 恥ずかしい…。 「聖くんはほんとに可愛いね。シャワー浴びてきていいよ」 「はい…」
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