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7. 後悔
仕事を終えた黒石は、コンビニで朝食を買い込み真守が待つアパートに戻った。
誰かが待っている家に帰る喜びを、黒石は久しぶりに味わっていた。
「おかえりなさい!」
鍵を開けて中に入ると、真守の元気な声が迎えた。風邪を引いた様子はなく安心する。
「ただいま。起きてたか」
真守は布団を畳んで、畳に正座していた。
「うん。今まで、おじさんのお父さんとお母さんと、それに守君と話してたんだ。おじさんの弟、僕と同じ名前だね」
真守の言葉に黒石はぎょっとする。
「えっ? あいつらと話せるのか?」
「うん、まあ」
正確には霊と話すというよりも、霊の気持ち、思念が伝わって来るらしい。
「怖くないか?」
「なんで? おじさんの家族だよ。怖くないさ」
黒石は驚いて、買ってきた朝飯を座卓に置くと畳にどさっと座り込んだ。
「あいつら恨んでるんだろ? その、俺を?」
「なんで?」
「いや、その。俺だけ生きてるから」
「そんなこと! 皆、おじさんを一人だけ置いて死んじゃってごめんって思ってるよ」
「まさか! あいつら、いつも怖い顔をして俺を睨んでる」
「それは、おじさんがそう思って見てるからだよ。僕にはおじさんを心配してる顔に見えるよ。ね、おじさんのお父さん達、出て来てよ」
真守が空間にそう声をかけると、ぼおーっと三人が姿を現した。明るくなって、姿はぼんやりしている。
無表情で怒っているように見えた顔が、そう言われてみればなんだか心配そうに見えるから不思議だった。
「ほんとに、ほんとに、俺を恨んでないのか?」
霊に聞くが、彼らは頷いたり、否定したりすることはできないらしい。ただ、ぼおーっと黒石を見ているだけだ。
「当たり前だ。馬鹿なことをして後悔している。お前だけでも生きててくれて良かったってお父さんが言ってるよ」
「そんな……」
信じられなかった。しかし真守が三人の死の真相を知るわけもないから、霊が言っていることなんだろう。
「苦労させて悪かったって」
黒石の瞳が潤んだ。
「なんだよ。怖がらせやがって。てめーらのお陰で俺の人生はめちゃくちゃだ!」
怒りながら泣き笑いする。
「おばあちゃんが言ってたよ」
真守が言う。
ーーいいかい、真守。死んだ人と生きてる人の間には、やっぱり越えられない境目があるんだ。想いが遺ってそこにいても、それを伝えたり行動するのは難しい。死んだらそれでおしまいなんだよーー
「だからさ、生きている間は後悔しないように生きなさいっておばあちゃんが言ってた」
その言葉が胸に応えた。昔、別れた女に最後に言われた言葉だった。
ーー進さんには過去に囚われず、後悔しないように生きて欲しいのーー
生い立ちや霊のせいにして、逃げてばかりの人生だった。
「真守、お前は後悔しないように生きろ」
「えっ?」
「俺が助けてやる」
黒石は真守を見て頷いた。
「お前の母さんに会わせてくれ」
黒石にはある確信があった。
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