ただ愛しい

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ただ愛しい

「うげ」 「? どうした?」 「また久東(くとう)寧緒(ねお)待ってる」 「え…」 真緒(まお)の視線を追って校門のほうを見ると、その言葉通り久東くんが立っている。 目立つなぁ…。 「しかも女子にすごい声かけられてんじゃん。本気で寧緒狙う気あんのかよ」 「狙うって…」 久東くんが絡むと真緒の口が悪くなる。 俺はそれもちょっと怖い。 「寧緒、裏門から行こ」 「うん…」 「寧緒」 真緒に手を引かれるままに裏門のほうに方向転換すると同時に名前を呼ばれてびくっとする。 「なに逃げようとしてんだよ、双子」 「双子って言うな!」 「相変わらずうるさいな、弟。寧緒、おはよう」 「お、おはよう…久東くん」 「なんで俺が“弟”で寧緒は名前なんだよ!」 「毎朝同じ事を聞きたいか?」 「いらねえよ!!」 「真緒、落ち着いて…」 騒ぐからみんな見てるよ…。 そうじゃなくても久東くんは周りの目を集めるのに。 「弟に用はない。寧緒、一緒に教室まで行こう」 「えっと…」 「久東なんかと行かせるわけないだろ!」 どうしよう、また始まっちゃった。 でも俺にふたりを止める勇気はない。 だって怖い。 「寧緒が怯えてんだろ、弟。ぎゃあぎゃあ騒ぐな」 「弟弟言うな!」 「寧緒、行こう」 「あ…」 久東くんが俺の肩を抱いて歩き出すのを真緒が追いかけてくる。 いつも通りの朝。 久東暁葉(あきは)くんは、なぜか俺が好き。 俺、(たちばな)寧緒と弟の真緒は双子だけど、久東くんは俺にこだわる。 俺が美少年だったりすごくかっこよかったりするなら好かれるのもわかるんだけど、至って普通、地味な見た目ですごく平凡。 しかも俺と真緒は一卵性の双子だから見分けがつきにくいのに俺じゃなきゃだめだと言う。 そんな久東くんは男の俺でも見惚れてしまうくらいかっこよくて、最初に会った時はたくさんの女子生徒に囲まれていたのが印象的だった。 なにがきっかけだったんだろう。 俺が覚えているのは、ただ目が合ったっていうだけなんだけど…久東くんは俺に近付いてきて一言。 『絶対俺のものにするから覚悟しとけ』 はい?ってなった。 ならないほうがおかしい。 そして俺がビビッてるのにそのままキスされそうになったのを真緒が助けてくれた。 久東くんが真緒にいつも喧嘩腰なのはその時の事も原因のひとつなんだろうと思う。 逆もきっと同じ。 気が弱い俺と違って真緒は気が強くて久東くんに言いたい事をガンガン言うから余計言い合いになる。 久東くんも容赦しないからまた言い合いは激しくなり、俺は困る。 俺には優しいんだけどな、久東くん。 たまにしれっと手を出そうとしてくるけど。 「寧緒、今日こそ俺と付き合う気になったか」 「…えーっと…」 「まだならないのかよ…」 そう言われたって付き合うってなに? 久東くんは嫌いじゃないけど、でも付き合うって…付き合うって…久東くんと俺が? 「寧緒」 「は、はい」 久東くんの顔がどんどん近付いてくる。 え、どうしよう…これってなんかマズいんじゃない…? でも身体が動かなくて逃げられない! 「なにやってんだ久東!!」 久東くんの顔がぐっと離れた。 真緒が久東くんのシャツの襟を思いきり引っ張ったみたいだ。 久東くんの顔が歪む。 これもマズそう…。 「…弟、いい加減にしろよ」 「寧緒が逃げらんないのわかってて襲うほうが悪い! なにしようとしてんだ!!」 「既成事実作るに決まってんだろ」 既成事実? 「寧緒の性格からして、キスしたらもうこっちのもんだ」 「え…」 「だから邪魔すんな」 また顔を近付けてくる久東くん。 えええ…!! 「邪魔してんじゃなくて寧緒を守ってんだよ!!」 「寧緒は嫌がってないんだ、弟。だから黙ってろ」 「嫌がってないんじゃなくて寧緒は嫌がる勇気がないんだよ!!」 「同じ事だろ」 「全然違う!!」 はぁ、と溜め息を吐いた久東くんがまた俺の肩を抱いて廊下を歩き出す。 俺はどうしたらいいかわからず、真緒の怒り具合も気になるけど久東くんを振り払う事もできないのでそのまま一緒に歩く。 「寧緒、早く俺のものになれ」 耳元で囁かれてどきっとする。 そんな言葉を簡単に言ってしまえる久東くんってなんなんだろう。 言い慣れてるのかもしれない。 だって女子に囲まれてたくらいだし、付き合う相手に困った事はなさそうな感じだった。 そんな人が本気で俺を好きなんだろうか…。 うじうじしてて弱気な俺を好きなんて…。 真緒のほうが性格がはっきりしてて物怖じしないし、自分の意見をきちんと言えるから魅力的だと思う。 それなのに俺だと言う久東くん。 なんでなんだろう。 今度それとなく聞いてみようかな…聞く勇気があったら。
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