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『地震です。地震です』
スマートフォンが、この短文を繰り返す。静香は咄嗟にテーブルの下に隠れる。
大地が揺れた。
静香はテーブルの足をつかんだ。もう片方の手で頭を守る。
カップラーメンが床に飛び散った。それを見た静香の息が震える。
電気は落ちてこないか? 冷蔵庫は倒れないか? 食器棚は?
テーブルの下で縮こまる静香は、なすすべもなく横に揺られていた。
——どのくらい揺られていたか分からない。数十秒だったのか、数分だったのか。
揺れを感じなくなったところで、チャイムが鳴った。
『ただいま地震が発生いたしました。店内の安全を確保するため、お客様は、従業員の指示に従い、避難をお願いいたします。繰り返し、お客様にご案内申し上げます——」
店長の、焦りを見せぬようにという心がけがうかがえる読み上げだった。
静香は恐る恐るテーブルから出た。部屋中を見回すが、異変はない。
静香は胸を撫で下ろした。幸い、被害はカップラーメンだけで済んだようだ。
隣のテーブルに置いてあるペーパータオルを手にした静香は、カップラーメンの残骸を掃除する。
ペーパータオルがスープの吸収を終えたところで、スマホが振動した。
静香はメッセージアプリの通知をタップする。
『みんな無事?』
母からのメッセージだった。それに姉と弟が『大丈夫』と返している。家族の安全を確認できたことに、静香の胸の圧迫感は軽減された。
『私も大丈夫。売り場見てくる』
自分の無事を伝えた静香は、ペーパータオルをゴミ箱に突っ込んでから休憩室を出た。
売り場に出た静香は、電池切れのロボットのように固まってしまった。
床が水彩画のキャンバスになっていたのである。
赤ワイン、白ワイン、にごり酒、ビール、チューハイ、オレンジジュース、炭酸飲料……瓶に入ったあらゆるものが割れていた。
「チーフ、大丈夫だった?」
静香のもとに駆けてきたのは、パートの女性・丸川だった。ショートヘアーを揺らして近づいてくる。
「大丈夫です。休憩室は何ともなかったので」
「よかった。各部門のチーフが、サービスカウンターに集められているみたいだよ」
「分かりました」
静香は丸川と共にカウンターに向かう。
カウンターには、店長と各部門のチーフが集合していた。丸川は店外に退避する。
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