0人が本棚に入れています
本棚に追加
「自分の部門のメンバーに、安否を確認して」
チーフに指示を出した店長は、どこかに電話をかけはじめる。
「はい。怪我人はいません。震度6強……津波警報……」
店長の状況報告を小耳に挟みつつ、静香は手帳を開き、名簿の上から電話をかけていく。
「お疲れ様です。音無です。大変な時に電話してすみません。いかがですか? お怪我は?」
無事が確認できた人の名にチェックをつけていく。チェックが増える度に、肩の鉛が落ちていく。
「全員の無事が確認できたチーフから、外に避難して」
店長の指示を静香が実行できたのは、20分後だった。
人々がいくつかのかたまりを作っている。静香は、丸川のいるかたまりに合流する。
「チーフ、みんなは?」
「うちの部門の人達は、全員無事だそうです。家具が倒れたりはしたみたいですが」
静香の言葉を聞いた丸川は、「よかった」と息をついた。
「うわ、何、あの渋滞」
パートの一人がバイパスを指差した。静香もそちらに視線を向ける。
山の方に伸びるバイパスに、車がすし詰めになっていた。
「津波から逃げているのね」
誰かの声を受けて、静香はスマホをリロードする。『津波警報 ただちに避難してください』という真っ赤な文字が鎮座していた。
(店の前でぼうっとしている場合なの?)
上の人間は、従業員に逃げるように指示をしないのか?
静香のその疑問を解決するかのように、白い車を飛ばした男がやってきた。
「従業員は中に入って!」
車から出てきた男は、このスーパーの部長である。
静香と丸川は顔を見合わせる。この非常事態で判断能力は奪われている。二人は、周りの従業員と一緒に店内に入った。
部長のよく通る声で、会社の決定が発表された。
「全員で手分けして売り場を片付けます! 危険がないことを確認でき次第、営業を再開します!」
静香は絶句した。この会社が、従業員と会社の利益、どちらをとるのかを確信した瞬間であった。
静香と丸川に割り振られたのは、調味料売り場の片付けだった。瓶入りの油やドレッシングが散乱している。静香は思わず鼻をつまみ、まゆをひそめた。
「お盆にこんな地震なんて、何だか縁起悪いね」
ガラスの破片をほうきで集めながら、丸川は苦笑いをする。そんな彼女を静香は哀れに思う。
(旦那さんやお子さんのことが心配なはずなのに……飛んで帰りたいはずなのに)
安い給料で使われている私達が、こんなに恐怖や不安を抱えて奉仕する意味は——
最初のコメントを投稿しよう!