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――静香の勤務は、異例の10日目に突入した。
交通のマヒや、家屋の被害により、出勤できない従業員がいる。その穴埋めのためには、静香が身を粉にするしかない。
「あの、この商品って、在庫ないんですか?」
トゲのある声で言った二十代であろう女性に、シリアル売り場を指差された静香は、作り笑いを浮かべる。
「ただいまお持ちいたします」
バックルームへ商品を取りに向かう静香の足は、勘弁してくれと悲鳴をあげている。一日2万歩以上歩いており、欠員分の補充までしているのだ。腕も足もボロボロだ。
(私の身体は一個しかない……補充が間に合っていないことを責めないでよ……)
商品保管場にたどり着いたところで、静香の視界が揺れる。商品が載っている台車にもたれかかり、静香は胸をおさえる。
(いつになったら終わるの……)
この地獄は、あとどれだけ長いのだろう。いつになったら小説を書けるのだろう。アテナとアレスの血戦を。
ふつふつとわきいずる焔が、静香を内側から激しく振動させる。
「早くいかないと、また客に怒られる」
揺れを押し殺した静香は、のっそりと立ち上がって、シリアルの入ったダンボールを手に取った。
シリアルを待っていた女は、無言で商品を手にして去っていった。
静香はふうっと息をついた。身体はもう限界である。余震の恐怖で睡眠も細切れなのだ。
(せめて、厄介事は起きないで……)
「おい、そこの店員!」
静香の祈りは、ある客の怒気のこもった声により霧散した。
静香が振り返ると、三十代とおぼしき男が、貧乏ゆすりをして立っていた。
「水の箱、ねえんだけど」
静香は頭を下げる。
「申し訳ございません。お水は今、入荷が追い付いていない状態で――」
「ああ!? ふざけんなよ、底辺の分際で!」
静香の視界が激しく揺れ出した。
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