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ロビーに行くと、チェックインをする人がフロントに次々吸い寄せられていく。探さなくても開成はすぐ見つけられた。お客さまへ挨拶をしている。
なんとなく、遠い人だな……と感じてしまい、少し寂しくなって視線を足元に落とす。
「大知さん?」
自分の革靴のつま先を見ていたら男性の声が俺を呼んだ。一瞬開成かと思ったけど、開成とは声が違う。顔を上げると、副支配人が立っていた。
「吉村さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。三津真さんを待ってるんですか?」
「三津真さん」に胸がさわさわそわそわする。吉村さんとは仕事で何度かお会いしたことがある。
「いえ……そういうわけじゃ……」
「そうなんですか? 昨日、三津真さんが大知さんを連れて消えたのでてっきり」
「……違いま、せんけど……違うような」
開成に連れて行かれたのは違わない。でも開成を待っているのは違う……たぶん。
「……前総支配人もなにを考えてるんでしょうね」
吉村さんが俺の隣に並んで大きな溜め息をつく。
「え?」
「いきなり息子を総支配人にするなんて」
「……」
胸の奥がちりちりする。
「……まあ、あの見た目なら集客に役立ってくれていいかな」
「そういう言い方しないでください!」
思わず声を上げてしまってはっとする。びっくりしているのは吉村さんだけではなく周りにいる人も同じで、たくさんの視線がこちらに向くので慌てて口を噤むと、フロントの開成と目が合った。
「……すみません」
「場所を変えましょう」
吉村さんとロビーを離れる。開成の視線が背中に刺さっているように感じた。
エントランスを出て少し離れたところで吉村さんと向かい合う。
「どうしたんですか、大知さん」
「……」
「……私が、三津真さんのことを悪く言ったから?」
「……」
自分でもわからない。でも気がついたら言い返していた。
「……大知さんと三津真さんってどういう関係なんですか?」
「どういう……」
「……付き合ってる、とか……?」
俺の顔を覗き込む吉村さんの瞳の奥にはなにか戸惑いのようなものが見える。
「付き合ってないです」
言葉にしたらぐっと胸が詰まった。そうか……あんなに触れ合っても、俺と開成はなんでもないんだ。
「……よかった」
「?」
よかったってなにが……?
「いえ、総支配人に問題を起こされたら困りますから……別に私が大知さんのことを……とかではないです」
「はあ」
確かに問題を起こされたら困るだろう。「……とか」がわからなくて首を傾げてしまうと、吉村さんが微かに頬を赤く染めた。
「戻りましょうか。大知さんは……」
「もう少し風に当たってから戻ります」
「わかりました。では」
「……はい」
吉村さんがエントランスに向かうのを見送ってから息をつく。
開成は大変なんだなって思ったら、抱きしめたくなった。
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