海と笑顔

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 事務所で一人ぼんやりする。両手首には薄く痣ができている。  明日は来なくていいと言われるかなと思っていたけど、スマホには開成から『明日は木曜日なので、朝、事務所に迎えに行きます』とメッセージがさっき入った。逃げるな、と暗に言われているようで溜め息が出た。  昨日、開成に繰り返し抱かれた身体よりも、心がつらい。……明日なんて来なければいいのに。 「……請求書送らないと」  ミツマホテルさんへの請求書のデータをパソコンに表示したら涙で視界が滲んだ。昨日の昼頃、これを作っているときはあんなことになるなんて思わなかった。きっと開成は俺と付き合っているつもりだったんだ。でもはっきり「付き合おう」って言ったわけじゃないんだから、付き合ってないって思ったって仕方ないじゃないか……。  ていうかそんなことを一言も言っていないのに俺が勝手に付き合ってると思って後から勘違いだったとわかったら絶対傷つく。それも嫌だ、けど……開成を怒らせるのはもっと嫌、かも……。  どこら辺から付き合っていたんだろう……その考え方自体がおかしいのかな。 「……馬鹿みたいだ、俺」 あのとき、キスマークが嬉しいって素直に言えばよかったって、今更思ってる。 「あーあ…」  こんな複雑な気持ちで開成に会いたくないよ……。  それからの開成はなんだか表面だけで俺と接している感じになってしまった。そんな状態なら、もうバンケットスタッフの件をなしにして、俺と週二日すごすのもやめればいいのにやめない。  貼りつけたような笑顔の開成を見るのが苦しくて、それでもそばに置いてくれることに安堵している自分がいて……どうしたらいいのか。ずっともやもやした日々。 「……よし」  俺には気分転換が必要だ。  ということで久々にソロ旅に。前回は海だったから山のほうに行こう。夏だし、避暑地で森林浴とかいい。  ……そう思ったのに。 「はぁ……」  溜め息つくなよ。  そう思うのに、見たことのある周遊バスを見たら溜め息だって出てしまう。  俺は山に行くはずだった。それなのに指が勝手に海の近くのホテルを予約した。開成と初めて会ったあの場所の、同じホテル。  何度も、「キャンセルして山に行こう」と思ったのに……指がキャンセルしたがらない。そうこうしているうちに当日になってしまい、仕方なく新幹線に乗った。  バスの一日フリー切符を買うのも同じ。恋人の聖地のテラスで降りるのも同じ……。 「……」  海はやっぱり綺麗だけど、支配人室から見る海のほうが綺麗に感じる。  海を見ていたら背後から抱きしめられたのを思い出してしまい、胸が苦しくなった。すうっと大きく息を吸って、それから吐く。  少しの間、海を眺めていたけれど、海はどうしても開成を思い出してしまってつらいから、別の場所に移動することにした。  ……けど、どこに行っても海のそば。海が切り離せない。開成と行った花の楽園に行ったらもっとつらくなりそうだから、前回乗らなかったロープウェイで移動。そこから城を見に行った。  でもすぐに悲しくなってきて来た道を戻り、時間を見たらチェックインができる時間になっていたので早々にホテルに入った。  ……開成とすごしたホテル。  さすがに部屋は同じじゃなくて、安心したような残念なような。部屋の半露天風呂に浸かりながらぼうっとする。  気分転換じゃなかったのか……全然気分転換できてない。ずっと開成のことを考えている。 「今頃なにしてるんだろう……」  チェックインの時間だから、フロントにいるかな。あんなに悲しい笑顔にさせてしまったのは俺だ。開成はなにを考えてるんだろう。なんでこんな苦しい状態になっても俺をそばに置くんだろう。 「……ずっとこのままなのかな」  俺から、もうやめようって言ったほうがいいのかな。でも、「やめよう」ってなにをやめるんだろう。  仕事のこと?  そばにいること?  俺が苦しいこと?  開成の笑顔をおかしくさせてしまっていること? 「……開成……」  開成の優しい、心からの笑顔に会いたい。  結局もやもやしながら夜をすごし、すっきりしない気持ちのままチェックアウトして新幹線に乗る。自由席車両に入ろうとしたところでスマホが震えた。通知かと思ったらずっと震えていて着信のようだ。誰だろう、と画面を見ると佐竹さんから。そのままデッキで電話に出る。 「はい」 『休みにごめんね』 「いえ、どうしたんですか?」 『……やられた』 「はい?」 『スタッフごっそり持ってかれた』
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